居酒屋の薄暗い土間の中央には四角の大きな炉があって、真っ赤に火が燃えていた。そして、その炉の周りには、無造作な造りつけのテーブルと腰掛けとが繞《めぐ》らされてあった。正勝はその腰掛けの一つに、身体を投げ出すようにして腰を下ろした。
「爺《じい》さあ! 一本つけてくれないか?」
「おっ! 正勝さんか? これはこれはしばらく」
卯吉爺《うきちじい》はそう言いながら、ぼそぼそと土間へ下りてきた。
「熱くしてもらいたいなあ」
「熱く? あいよ。ときに、裁判はどんなことになったか、決定しねえかね?」
卯吉爺は燗《かん》の支度をしながら訊いた。
「無罪さ? 無罪に決定したんだ」
「無罪? ほっ! 無罪かね。それじゃ、敬二郎さんは喜んでるベ?」
「敬二郎の奴なんか、なにも喜ぶわけねえさ。紀久ちゃんは敬二郎の奴なんか好きじゃねえんだもの」
「それは初耳だなあ」
卯吉爺はそう言いながら、酒の肴《さかな》に烏賊《いか》の塩辛を運んできた。
「今度だって紀久ちゃんは、無罪に決定したっていう電報を敬二郎の奴に寄越さねえで、おれに寄越してるんだからなあ。紀久ちゃんはむしろ、敬二郎の奴を嫌ってるんだよ」
「
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