それじゃ、お嬢さんは敬二郎さんよりも、正勝さんのほうを気に入っているのじゃねえのかな? どうもそうらしいなあ」
 爺はそう言いながら、酒を運んできた。
「おれはどっちを好きだか、そんなことは知らねえがな。しかし、敬二郎の奴を好きでねえことだけ、これは確かなことなんだ。もし敬二郎の奴を好きなのなら、今度だっておれのほうさ電報を寄越すわけはねえからなあ」
 正勝は上半身をぐっと後ろに引くようにして、炉の火の上に大股《おおまた》を開いた。
「そりゃあ、敬二郎さんよりもお嬢さんは正勝さんを好きなのだよ。それに違いねえとも。それ! 熱いうちに……」
 爺はそう言って、燗のできている酒を注《つ》いだ。
「そんなこたあまあ、おりゃあどっちだっていいがなあ」
 しかし、正勝の顔にはなにかしら、暗い重々しいものの底から浮かび上がってくる得意の表情が容易に隠し切れなかった。正勝は唇を微笑に歪《ゆが》めながら、熱い燗の酒を続けてぐびりぐびりと飲み干した。爺は炉の火を掻《か》き立てながら、無骨な手で酌を続けるのだった。
「どっちでもいいってこたあねえさ。いまのところお嬢さんに好かれるか好かれねえかっていうこた
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