、おれはきみを旦那さまとして戴《いただ》くようなことは絶対にないなあ。その時が来たんだ」
 正勝は投げつけるように言いながら、厩舎の前から放牧場のほうへ歩きだした。
「夢を見てやがる。妹が人殺しをしたので、おかしくなりやがったんだろう」
 敬二郎は正勝の後姿を見送りながら、独り言のように呟いて唇を噛《か》んだ。

       2

 敬二郎の胸は嵐《あらし》のように騒ぎだした。
(正勝の奴《やつ》はこのおれから、紀久ちゃんを奪《と》ろうとしているのじゃないのかな?)
 そんな風に敬二郎は考えたのだった。
(そして同時に、この森谷家の財産を、つまりおれの財産を、正勝の奴はおれから奪ろうとしているのじゃないのか?)
 敬二郎は身内に、鋭い銀線の駆け巡るような衝撃を感じた。
(正勝の奴と紀久ちゃんとは兄妹のようにして育ったのだし、子供の時分にはおれのほうより正勝の奴を紀久ちゃんは好きだったのだから……)
 そこへ、電報配達夫が凍りついてコンクリートのようになっている凸凹の道を、自転車で寄ってきた。
「正勝さんはいますか?」
 電報配達夫は自転車から飛び下りながら言った。
「電報か?」
 敬
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