「それはどういうわけかね」
「理由か? 理由は簡単だ。いままではこの牧場のことは何から何まで旦那《だんな》の意志一つで支配されていたんだが、これからは紀久ちゃんの意志一つで支配されることになったんだから……」
「それはそうだ。しかし、紀久ちゃんの意志で支配されることになったからって、ぼくの立場や地位がどうして変わるんだね? どうして、ぼくときみとの立場が反対になるんだえ?」
「それが分からないのか?」
「ぼくには分からんね。どういうことなんだえ? それを聞かしてくれ」
「きみは……紀久ちゃんは自分の意志で、きみと結婚をしようとしているのだと思っているのか? 純然たる自分の意志で?」
「それはそうだろうなあ」
「はっはっはっ!……」
 正勝は大声に笑いだした。
「自惚《うぬぼ》れにもほどがある。……紀久ちゃんが紀久ちゃんだけの意志で、いくらなんでもきみとなどと結婚をしようたあ思っちゃいないだろうなあ。それはおかしい。まったくおかしい……」
 正勝はそう言って大声に笑いつづけた。敬二郎はぶるぶると身を顫《ふる》わせながら、真っ赤になった。しかし、正勝はなおも大声に笑いつづけるのだった。

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