しら?」
「夜になると寒いんですもの」
「暑いのはもう日中だけですね」
そして、二人はパラソルの下で身近く寄り添った。
「ほいやっ、しっ!」
馭者《ぎょしゃ》は長い鞭《むち》を振り上げて馬を追った。馬車はごとごと揺れながら走った。敬二郎と紀久子とはそーっと手を握り合った。
「ほいやっ!」
馭者は鞭を振り上げ振り上げては、その手を馭者台の横へ持っていった。そこには一梃《いっちょう》の猟銃がその銃口をパラソルの下の二人のほうへ向けて、横たえられてあった。猟銃は馬車の動揺につれてひどく躍っていた。
「あら! 奇麗に紅葉しているわ。楓《かえで》かしら!」
紀久子はパラソルを窄《つぼ》めながら言った。
「あれは山毛欅《ぶな》じゃないかな? 山毛欅か楡《にれ》でしょう。楓ならもっと紅《あか》くなるから」
馬車はそして、原生林帯の中へ入っていった。道はそこで一面の落ち葉にうずめられ、もはや一分の地肌をも見せてはいなかった。落ち葉の海! 火の海! 一面の落ち葉は陽に映えて火のように輝いていた。そして、湿っぽい林道の両側には熊笹《くまざさ》の藪《やぶ》が高くなり、熊笹の間からは闊葉樹《かつよう
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