魔になるんだよ。おれは森谷の財産のうち開墾場の土地だけでも、この機会に開墾場の人たちの手に返るのが本当だと思っているのだから」
正勝は戸外に向けて銃を構えながら、喘ぐようにして言った。
「正勝さんのその考えはいま吾助爺さんから聞いたところなんだが、自分の欲で正勝さんを殺そうなんて、敬二郎の奴が来やがったら逆に野郎を殺《や》っつけてしめえばいい」
開墾場の人たちは昂奮《こうふん》して言うのだった。
「正勝さん! おれたちに委《まか》して、あなたはこっちへ引っ込んでいなせえよ」
「大丈夫だ。きみたちこそ引っ込んでてくれよ。奴らも鉄砲を持っているんだから、下手に手を出さねえでくれ。敬二郎らの三人や五人はおれが一人で、大丈夫、引き受けてみせるから」
「しかし、おれらのためにあんたがそうまでしてくれるのに、おれらが手を組んで見ているわけにはいかねえ。正勝さん! おれらに委せて、あんたは引っ込んでいてくだせえよ。敬二郎の野郎ぐらいなら、おれらで引き受けるから」
薄暗い居酒屋の土間は殺気を帯びてきた。
「おれが逃げ隠れしたら、敬二郎の奴がなんて言うか……」
正勝はそう言って、戸口を退《の》かなかった。
そこへぽかぽかと蹄鉄《ていてつ》を鳴らして、三頭の馬が殺到してきた。
「来やがったなっ!」
正勝は鉄砲を持ち直した。
「殺っつけてしまえ!」
開墾地の人たちは叫びながら、戸口を蹴飛ばすようにして戸外へどどっと雪崩《なだ》れ出していった。
路上には敬二郎と松吉と平吾との三人が馬から下り立って、轡《くつわ》を左手に掴み、鉄砲を右脇《みぎわき》に構えて戸口を睨《にら》んでいた。
「いまここへ、正勝の奴が駆け込んできたでしょう?」
敬二郎が、前のほうへひと足踏み出しながら訊《き》いた。
「おれらが、そんなことを知るかい?」
「でも、きみたちはいまそこから出てきたじゃないか?」
松吉が敬二郎に代わって言った。
「そんなこたあこっちの勝手だ」
「きみたちはそれじゃ、正勝の奴を隠そうとしているんだな? 庇《かば》っているんだな?」
「庇ったら悪いか?」
開墾地の人たちは掴みかからんばかりに殺気立っていた。
「正勝を出せっ!」
平吾は鉄砲を突き出しながら叫んだ。
「てめえらの指図なんざ受けねえ」
「指図を受けねえと?」
「受けねえとも」
「そんなことを言わないで、用事があるんだから出してくれないかなあ」
敬二郎は言葉を和らげて言った。
「用事? 何の用事だ?」
正勝はそう叫びながら、鉄砲を構えて路上へ出てきた。
「正勝くん! きみはどうして逃げたりなんかするのかね?」
「用事を聞こう?」
「きみは浪岡を、どこへやったのかね?」
「そんな用事か? そんなことにゃあなにも、返事をしようとしまいとおれの勝手だ」
「正勝くん! それは少し乱暴じゃないかなあ? 落ち着いて考えてみてくれ」
「森谷家の財産は現在だれの財産でもねえんだ。宙に浮いている財産なんだ。自分のもの顔をするのはよしてくれ」
「きみは本気でそんなことを言ってるのか?」
「本気だとも。きみが紀久ちゃんと結婚して森谷家を相続したら、そん時にゃあ立派に返事をしよう」
「そんなことを言って、浪岡を見えなくでもしたらどうするんだね? 浪岡が高価な馬だってことは、きみも知っているだろうが……」
「余計な心配だよ。どこかその辺の開墾場へ逃げ込んだに相違ねえから、開墾地のだれかが森谷家への貸し分の代わりに捕まえるだろうから。開墾地の人たちゃあ、開墾の賃金をほとんど貰《もら》ってねえのだからなあ」
「無茶なことばかり言って、困るなあ」
敬二郎は溜息《ためいき》を吐《つ》くようにして言った。
「正勝!」
怒鳴りながら平吾が前へ出た。
「手出しをしてみろ!」
開墾地の人たちが肩を持ち上げながら、ぞぞぞっと歩み寄った。
ちょうどその時、そこへ一台の幌馬車《ほろばしゃ》が通りかかった。幌馬車はそこに立っている馬や人々のために進路を遮られた。敬二郎らは馬を路傍へ寄せた。開墾地の人たちも、正勝と一緒に吾助茶屋の軒下に退いた。
2
幌馬車には紀久子が乗っていた。
「敬さん! どうしたんですの?」
紀久子は馬車の上から声をかけた。彼女はその目に、馬を曳《ひ》いて路傍に避けている敬二郎らだけを捉《とら》えて、茶屋の軒下に避けて開墾地の人たちの中に交じっている正勝の姿には気がつかなかった。
「おっ! 紀久ちゃん!」
敬二郎は驚きの目を瞠りながら、馬を曳いて馬車のほうへ寄っていった。
「わたしの帰るのが分かったの?」
「こんなに早く帰るとは思わなかったんだが……」
「迎えに来てくれたの? ありがとう。では、帰りましょうか?」
紀久子は微笑をもって言った。そして、紀久子の馬車は沈黙
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