なに? そんな勝手な真似《まね》をさせておくもんか。行こう!」
正勝はそう言って、ぐっと拍車を入れた。
3
厩舎の前には、松田敬二郎と、常三と松吉との三人が唇を噛み締めながら立っていた。そして、敬二郎は長い編革の鞭で長靴の胴をぴしぴしと打っていた。常三は猟銃を杖《つえ》にしていた。松吉は長い綱を手にしていた。
正勝は左の手でぐっと手綱を引きながら、上半身を起こして猟銃を人指し指が引金のところへいくように持ち替えた。
「何かおれに用かい?」
正勝は反り身になってそう言いながら、手綱を引き絞っておいて浪岡の胴へぐっと拍車を入れた。浪岡はどどっとふた足ばかり躍った。敬二郎ら三人は狼狽《ろうばい》しながら横に避《よ》けた。
「正勝くん! 浪岡をきみの乗り馬にしちゃ困るじゃないか?」
敬二郎は吃《ども》りながら顫《ふる》えを帯びた声で言った。
「浪岡はきみの馬か?」
「ぼくが管理している馬だ」
「何を言うんだい? きみの管理している馬なんか、まったく一頭だっていないはずだ。馬はわれわれが管理しているんだ。きみは帳面のほうさえやっていればいいんだ」
「正勝! しかし、若旦那が乗っていけねえって言うんだから、若旦那の言うとおりにしたらいいじゃねえか?」
常三が前のほうへ出てきて言った。
「乗っていけないと言ったら下りろ!」
声高に叫ぶと同時に、敬二郎は長い鞭を浪岡の尻《しり》に振り当てた。不意を食らって、浪岡は嵐《あらし》のように狂奔した。瞬間、正勝の手の猟銃が引き裂くような音を立てて鳴った。浪岡はなおも激しく狂奔した。しかし、正勝は長靴の脚で馬の胴を締め、左手で手綱を捌いて、彼ら三人の間へと割り込んでいった。
「下りなけりゃあ撃つぞ!」
常三は馬上の正勝に銃先《つつさき》を向けた。
「撃てるなら撃て!」
瞬間、正勝は馬首を変えて、ぴゅっと開墾場のほうへ向けて駆けだした。
「逃げるのか?」
平吾が横からそう声をかけて栗毛の馬に拍車を入れ、正勝の後を追おうとした。
「平さん! 平さん! この鉄砲を持っていけよ」
常三が駆けていって、馬上の平吾に鉄砲を渡した。
「きみたちもすぐ後から来てくれ」
平吾は鉄砲を受け取りながら言って、すぐ正勝の後をいっさんに追っていった。
4
敬二郎と松吉とは真っ青になりながら、顔を見合わせた。
「どうする?」
「追いかけましょう」
「おい! 追っかけよう。野郎を谷底へ投げ込んでしまえ?」
常三がそう叫びながら、二人の前に駆け戻ってきた。
「それじゃ、銘々に鉄砲を持って……」
敬二郎はそう言いながら、厩舎の中へ駆け込んだ。
厩舎の中には、三匹の馬が鞍《くら》を置いて隠されていた。猟銃も弾嚢帯《だんのうたい》と一緒にそこに置かれてあった。三人は胴に弾嚢帯を巻きつけると、銃を握って馬に跨《またが》った。
「山の中へ、山の中へ追い込むようにしなけりゃ!」
敬二郎はそう言って、花房の胴にぐいっと拍車を打ち込んだ。三匹の馬は黒土を蹴起《けお》こしながら駆けだした。
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第七章
1
砂煙を蹴上《けあ》げながら、毬《まり》のように駆け飛んで吾助茶屋《ごすけぢゃや》の前まで来ると、正勝は馬の背にしがみつくようにしながらぐっと手綱を引いた。馬は喘《あえ》いで立ち上がるようにしながら止まった。次の瞬間、正勝はぱっと身を翻して道の上へ飛び下りた。そして、正勝は馬をそのままにしておいて、茶屋の中へ飛び込んだ。
茶屋の中の薄暗い土間には、開墾場の人たちが五、六人ばかり炉を囲んでいた。
「どうなさいましたよ?」
吾助|爺《じい》は正勝の突然の闖入《ちんにゅう》に驚いて、目を瞠《みは》りながら言った。
「鉄砲なんか持って?」
「敬二郎の奴《やつ》らがおれがいちゃ邪魔なもんだから、おれを殺そうというんだ」
正勝は喘ぎながら言った。
「殺すってね?」
「おれだって、おめおめと殺されちゃいねえさ。野郎どもめ! どうしてくれるか……」
正勝はそう言って、戸口から路上へ向けて銃口を突き出した。
「正勝さんを殺そうなんて、敬二郎の野郎はなんて野郎だべなあ」
だれかが叫んだ。そして、開墾場の人たちは総立ちになった。
「逆に、敬二郎の野郎をぶっ倒してやれ」
開墾場の人たちは罵《ののし》りながら、土間の隅から薪《まき》を引っ掴《つか》んだ。
「大丈夫だよ。おれだっておめおめと殺されちゃいねえから」
「なんだってまた敬二郎の奴は、あんたを殺そうというんです?」
開墾場の人たちはそう言いながら、路上に向けて銃を構えている正勝の後ろへと寄っていった。
「敬二郎の奴はこの機会に、森谷の財産を完全に受け継ごうとしているんだ。それには、おれがいたんじゃ邪
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