突き落として、過って落ちたんだとか自殺したんだとか、なんとかかんとかいうことにしてごまかしてしまったんじゃねえか?」
「正勝! てめえは本当にそう思っているのか?」
 喜平は顔色を変えて、わなわなと身体を顫わせながら叫んだ。
「もちろん!」
 正勝も身体を顫わせながら叫んだ。
「もちろんさ! いまの様子を見ても分かることなんだ? 開墾した土地の半分くらいは自分の土地として貰《もら》えるはずで内地からはるばる移住してきた人たちが、自分の土地ってものを猫の額ほども持たねえで、自分たちが死ぬほど難儀して開墾した土地さ持っていって、高い年貢を払って耕しているじゃねえか?」
「何を馬鹿なことを吐かしているんだ。てめえなんかに分かることか? 馬鹿なっ!」
「そして、おれらの親父が死んでお袋が生活に困りだすと、おれらが子供でなにも分からないと思いやがって、お袋が生活に困っているのに付け込んでお袋を妾《めかけ》に、妾にして、子供まで孕まして……」
「嘘《うそ》をつけ!」
「嘘なもんか! おれらのお袋はそれを恥じて自殺したんだぞ。子供まで孕ましておきながら、ろくに食うものも宛《あてが》わねえで、自殺してからおれらを引き取って何になるんだ。おれらを引き取ったのだって、育てておいて扱《こ》き使ってやるつもりだったのだろう」
「なんだと? 育てられた恩も忘れやがって……」
「何が恩だ? おれらの親父はきさまの財産のために生命をなくし、そしてお袋はきさまの色事のために生命をなくしているのに、何が恩だ? 恩を返せっていうのか? そんな恩ならいつでも返してやらあ」
「この馬鹿野郎め! 黙っていりゃあとんでもねえことばかり吐かしやがって! てめえのような奴は出ていけ! てめえのような奴は置くわけにいかねえから」
 喜平は鞭を取って、書卓の上を殴り散らしながら叫んだ。
「もちろん出ていく!」
「いまのうちに出ていけ!」
「出ていくとも」
 正勝は喜平を睨みながら立ち上がった。
「すぐ出ていけ!」
「出ていくとも! その代わり近々のうちに恩を返しに来るから、忘れねえでいろ、貉親爺《むじなおやじ》め!」
 正勝は喜平を睨みつけながら、捨科白《すてぜりふ》をして部屋を出ていった。

 隣室の激しい爭いにじーっと耳を立てていた紀久子は、正勝が出ていくと急いでベッドを下りた。そして、紀久子は自分の用箪笥《よう
前へ 次へ
全84ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング