、他の池へ移してやるってことも出来るけど、わたしなんかの場合は、そうはいかないんですものね?」
「一体、あなたは、どのぐらいあれば、なんにもしないで食って行かれるんです?」
「あら、わたし、そんなつもりでいったんじゃないのよ。わたし、近ごろ、あなたから頂くお金だけで、どうにかやっているんですもの。ほんとにわたし、近ごろあなたより他に誰にも来てもらわないようにしているんですもの。だからこそ、だんだんよくなって来るのよ。」
「じゃ、一人ぐらいだったら、身体《からだ》を痛めるようなことが無いわけなんだね?」
「そりゃ、そうよ。」
「僕は、組合の仕事があったりして、今すぐは、結婚が出来ないんでね。」
 吉田はそういってまた溜め息をついた。

     六

 夏になると、彼女は、彼のために浴衣《ゆかた》を拵《こしら》えて置いたりした。
「こんなんですけど、寛《くつろ》げるかと思って、自分で縫って見たの。それに、他所《よそ》へこんなのを頼むとうるさいから。」
「おお、これはいい。」
 吉田は、これまでに経験したことの無い情緒的な雰囲気を感じながら、それを着て畳の上へ横になった。
「ぐっすりお休みになるといいわ。屹度《きっと》わたし、時間に間に合うようにして上げるから。」
「第一、具合はどうなんです?」
「いいのよ。とてもいいの。みんな、あなたのおかげだわ。いうまでも無いけど……」
 彼女はそういって顔を伏せるようにした。眼が熱くなって来たからであった。
「それはいいね。僕の方の、機関庫の中の組合も、うまく纏《まと》まりそうなんです。裏切り者が出ずに、これがうまく纏まると、素晴らしいんだ。あなた等なんかの場合の解放運動は、すぐ代わりの人間が出来るので、なかなか難しいそうだが、僕等の組合は、出来てしまえば、そりゃ強いよ。僕等は、長年の経験で初めて仕事の出来る技術工だから。実際、僕等の揚合は、代わりの人間がすぐ間に合わないんだから、そりゃ強いよ。」
 吉田は、機嫌よくそんなことを話して聞かせたりした。
「ほんとに、そうなるといいわね。」
「なるよ。あなたも、少しの間だから我慢してるんだね。僕が、もっと給料が上がれば、もっとどうかするから。併し、僕は他の人が来ることを焼いていうんじゃないですよ。」
「わかってるわ。せっかくよくなって来ているのに、いくら困ったって、そんな馬鹿なことはし
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