情した。彼はその後も、幾度かその発作的症状に襲われつづけていたから。
 しかし、彼の発作的症状はたいてい、すぐ回復してしまうのが常であった。
 彼の発作的症状は夕立のように知人の間を騒がせて、その日一日は頭を振りふり意識を失ったもののようにしているのであるが、翌朝になるともう何事もなかったもののようにして、いつもと同じように工場へ出てくるのであった。
「吉本! あんな奴《やつ》のことはもう忘れてしまえばいいじゃないか?」
 こんな風に工場の人たちは言った。
「女のことででもあるなら、いつまでも忘れられねえってこともあるだろうが、ほかのことと違って、そんな裏切者のことをいつまでも思い切れずにいちゃ、運動なんかできないじゃないか?」
 鉄管工場の中の同志たちは、そんな風にも言った。
 吉本はすると、いくぶんか顔を赧《あか》らめるようにしてにやにやと微笑《ほほえ》みながら、昨夜の夢の中の出来事をでも思い出すようにして言うのであった。
「自分でもそう思っているんだがね。しかしどうにもならないんだ。だから、永峯のことを思い詰めていると発作が起こるというのじゃなくて、永峯の奴がおれの頭をそんな風に
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