、きみの知っている人間で、引き取っていって保護を加えるというのなら、そりゃあ引き渡すがね。しかし、どうも意識を失っているというような点もあるから、よほどその、気をつけないというと……」
「吉本《よしもと》! いったいどうしたんだよ。え? しっかりしろよ」
 茶色の作業服は、青い作業服の肩を叩《たた》きながら言った。青い作業服の吉本は自分で自分が分からないらしく、首を傾けて考え込むようにした。
「本当にしっかりしなきゃ、駄目じゃねえか?」
 茶色の作業服はもう一度、吉本の肩を叩きながら言った。しかし、吉本はやはり半ば夢を見ているというような具合であった。群衆がその周りから口々に喚《わめ》き立てた。
「いったい、その神経衰弱になった原因というのは、どんなことなんだね?」
 巡査は厳粛な顔をして、茶色の作業服に訊《き》いた。
「友達関係からなんですがね。何か深い約束があったとみえて、まるで兄弟のようにしていましたっけ、その友達の永峯《ながみね》ってのが、約束を反古《ほご》にしたらしいんですよ」
「その約束っていうのは、どんなことか分からないのかね?」
「二人とも大学を中途で退《ひ》いてきた人たちで、約束をしたのは大学にいるころらしいんで、わたしたちにはよく分からないんですが、他人《ひと》の噂《うわさ》ですと労働運動らしいんですよ。なんでも、二人で一緒になってわたしたちの工場の中へ組合を作ろうっていう相談をしていたらしいんですが。そして纏《まとま》りかけていたんですが、その永峯って男はどういうものか急に気が変わってしまって、工場を出ていってしまったんです。それで組合のほうもおじゃんになってしまったし、兄弟のようにしていた友達がいなくなって寂しくなったんですね。それから急に鬱ぎ出したんですから」
「しかし、それにしても偽映鏡を見ているうちに気が変になるというのは、ちょっと不思議だがな。とにかく、じゃ、気をつけて連れていってくれ」
 巡査はそう言って、そのままそこから群衆の中へ割り込んでいった。
「そいつは、二人組みの詐欺だろう」
 群衆の中からそんな声が起こった。そして、群衆は潮騒《しおさい》のように崩れだした。
「吉本! 本当にしっかりしてくれ」
 茶色の作業服はそう言って、吉本の手を引いて群衆の中へ入っていった。

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 鉄管工場の職工たちはひどく吉本に同
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