ものだった。そして、桜の花のほうがかえってある一つの落ち着きをもって、じっとこの人間の騒々しい芝居を眺めていた。
 その雑踏の中でも、前田鉄工場の仮装団はとくに目立っていた。彼らはその仮装が同じばかりでなく、同じような昂奮《こうふん》で語り、同じ声で叫び、そしてときどき彼らは労働歌を合唱した。ある者は工場主を罵倒《ばとう》し、ある者は皮肉を投げつけた。しかし、工場主の前田弥平氏はその機構の中の一つの細胞のように愉快な笑いで語りながら、彼らと一緒に縋《もつ》れていた。それは嵐を孕んだ青白い雲だった。青白い雲のように、彼らの一団はその人間の洪水の中を通り過ぎていった。
 長い土堤を中ほどまで来たとき、青白い仮装団はそこの雑木林の中へ雪崩れ込んでいった。仮装観桜宴会はその雑木林の中で催されるのだった。青白い仮装団は雑木林の中いっぱいに広がった。持ってきた折詰の弁当が渡された。瓶詰の酒が配られた。
 前田弥平氏はそこで、一場の挨拶《あいさつ》をすることになった。寄生者の生活にはしばしばのこと、一場の挨拶が縺れついている。彼の挨拶もまた、それに過ぎないものではあったが、彼はその挨拶のカテゴリーに
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