芋
佐左木俊郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)坏《つくし》を
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)ろくな芋|無《ね》えがった
[#]:入力者注 主に傍点の位置の指定
(例)[#この行は行末より1字上がり]
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福治爺は、山芋を掘ることより外に、何も能が無かった。彼は毎日、汚れた浅黄の手拭で頬冠りをして、使い古した、柄に草木の緑色が乾着いている、刃先の白い坏《つくし》を担いで、鉈豆煙管《なたまめきせる》で刻《きざみ》煙草を燻しながら、芋蔓の絡んでいそうな、籔から籔と覗き歩いた。
叢の中を歩く時などは、彼は、右手に握った坏で、雑草を掻分けながら、左の手からは、あまり好きでも無い刻煙草を吸う鉈豆煙管を、決して離した事が無かった。ことに、芋蔓の絡んでいそうな籔の中を覗き込む時などは、眼をぱちくりさせながら、頬を丸くふくらまして、しっきりなしに煙を吐いて、先ず芋蔓よりも何よりも、蛇が居るかどうかを確かめるのである。彼は、山に生活する者にも似合わぬ程、蛇をおそれた。
それでもどうかすると、煙草の煙などには驚かない図々しい蛇のために、折角見つけた芋蔓まで奪われて了うことがあった。どんなに立派な山芋の蔓が見つかっても、もし其処に蛇が居たら、心臓が破裂する程はずんで来て、煙草を燻しながら逃出すのである。蛇を追払って、山芋を掘ると云うことなどは、彼には想像も出来ない。
そして、たとえ蛇に邪魔されずに掘ったにしたところで、山芋を掘ったのでは、日に一円とはならなかった。それに、ぽかぽかと暖くなって沢山掘れそうな日などには、何かの祟りかと思われる程、何処にもかくにも蛇が居て、唯煙草代を損して帰って来ることがあってから、随って、彼とモセ嬶《がが》との生活は随分酷めなものであった。
「本当《ふんと》に、蛇こなど、なんだべや、男でけづがって……」
モセ嬶は口癖のように言って貶《けな》した。
彼も、山に蛇さえ居なかったならと、どんなに蛇の存在を恨んだか知れない。
彼は雨の降る日に山芋掘りをしたのが原因で、間歇熱に冒されて医者を招んだ。
その医者は、大変に山芋の好きな男であったが、福治爺等は、掘った山芋を、値のよくなるまで、売らずに、溜めて置ける程に、生活にゆとりのある身分ではなかったので、医者に山芋の御馳走をすることは出
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