来なかった。それに、金の出し方も尠なかったので、医者は二度目に招んだ時には来なかった。医者を呼びに行ったモセ嬶はひどく悄気《しょげ》て帰って来た。
「なじょでがす? 爺様《じんつぁま》の瘧《おこり》は?」
 斯う訊いて、彼女の道伴れになったのは、野山から柴を取って売ったり、蕨《わらび》を取って売ったりして生活している、あきよ嬶であった。
「なんぼ頼んでも、医者が来てけねえでしさ。」
 首垂《うなだ》れてモセ嬶は言った。
「あの医者は、銭ばかりほしがって、銭が少しだと、来てけねえもね。」
 あきよ嬶は、赤く爛れた眼を、繁叩《しばたた》きながら言った。
「ほでがすちゃ。俺《おら》、今日頼みさ行ったら、――俺はあ、おめえ達の掘った山芋を、高けえ金で買って食っているんだ。おめえ達も、あたりめえの金を出してけねえけれえ俺は行かれねえ、俺は行かれねえ。――って、言われしたちゃ。」
「ほんではほら、山芋でも持って行ったらいがべちゃあ。俺家の庄五郎が、頭痛みをした時も、蕨を少し持たせでやったら、毎日来てけしたで……」
 医者が、モセ嬶の、商人に売って行く山芋が、大変高いものだと思うのも、あきよ嬶のくれた蕨を欣《よろこ》んだのも、決して無理なことではない。モセ嬶が、二拾銭で売って行く山芋を、商人は医者の家へ五拾銭で売っている。また蕨にしても、――医者は値段を考えて欣んだ訳ではあるまいが。
「ほんでは、俺も、山芋でも持って行くべえかな。」
 彼女たちには、医者が蕨を貰った時の、情に動かされた心理が判らないらしい。彼女等は余りに物質的に考えているようだ。
「ほんでもね、モセ嬶様。瘧だごったら、医者さかげる程のごどでもがすめえで、瘧ずもの、うんと仰天《びっくり》させっと、直んぐに癒るもんだどみっしさ。」
「ほうしか。なじょがして、医者さかけねえで癒し度がすちゃ。ねえ、あきよ嬶様。医者も、随分なもんでがすぞ。人助けだなんて言ってで……俺家の爺様が、五日もかかって取る銭を、一っぺんに取って行って、それで足りねえどしゃ。なんぼ掘れるもんだが、自分で掘って見ればいいんだ。注射のような訳に、とっても行ぐもんでねえから……人の身体には、蚤か虱しかいねえげっとも、山には蛇も居んのだし……」とモセ嬶が言った。
 モセ嬶は、どうかして福治爺の間歇熱を癒さなければ、いけないと思った。このままで、一週間も続いた
前へ 次へ
全4ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング