はその晩、ひどく腹を病み、とうとうその明け方に死んだ。

     五 薬を売る神

「――医業は仁術なり、――と言うが、被告はそれをどう心得ているのだ?」
 裁判官は錆《さび》のある声で厳《おごそ》かに言った。そして、法の鏡に映る湯沢医師の言葉の真意を探《さぐ》ろうとの誠意を罩《こ》めて静かに眼を瞑《つむ》った。
「はい。その通りで御座います。少なくとも、医術を修めました以上は、そんな風に役立てたいものだと思っておりました。併し農村へ参って開業いたして見ますると、農村では、医師の力よりも、神の力の方を信じられておりますので、それを利用して病患者を救いたいと思ったので御座います。」
「併し、被告は、神の力を信ずるという迷信から遠ざけて、医術を信じさせようとするような行為に出たことは、一度として無いではないか? 第一予審調書によると、被告は七年前、宮本キクに、被告の妻の手から竹駒稲荷大明神の御供物《おくもつ》と称して、モルヒネを混入せる菓子を与えて、その発作的胃神経痛の疼痛《とうつう》を鎮めて以来、常に同一手段を用いて参詣客《さんけいきゃく》の病気を癒《なお》した二百七十三件の事実があり
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