遅れることがあれば、爺の生活は今度こそペしゃんこだった。

     4

 吾平爺がその翌日、警察から釈放されてきたときには、荷車の上の野菜は残暑の陽《ひ》に灼《や》かれてすっかり萎《しお》れていた。爺はしかし、それをそのまま捨ててしまう気にはなれなかった。爺は力なく赤茶けたその野菜を曳いて、自分の家に帰っていった。
 翌日は雨だった。しかし、吾平爺はその赤茶けた野菜物を曳いて青物市場へ出かけていった。だが、この夏以来の不景気のために、青物市場には新鮮な野菜物が氾濫していた。吾平爺の二日も陽に晒《さら》した赤茶けた野菜の売れるわけはなかった。爺は投げ出した。そして、その日の手間にもならないほどの金を握って吾平爺は帰らなければならなかった。
「荷車で一台曳いていって、手間代にもならねえなんて……」
 しかし、どうにも仕方がなかった。そのうえに、吾平爺はただひと晩の拘留ではあったが、すぐそのあとで雨に叩《たた》かれたりしたのでひどく健康を損なっていた。また、たとえ健康を損なわないにしろ、爺はもう寝ているより仕方がないのだった。ただ一つの資本であった一台の野菜を全部腐らせてしまったいまとな
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