9

 鶴代は青い顔をして庭に立っていた。小さな庭の中で陽にあたっていたらしかった。彼女はひどく驚いた表情を彼らに向けた。
 しかし、鶴代よりもっとひどく驚いたのは若い検事であった。
 若い検事は鶴代をよく知っていた。彼女もまた彼をよく知っていた。彼はそのころ卒業に近かったが、ある下宿屋からまだ大学に通っていた。そして、彼女はその下宿の女中をしていたのだった。若い検事はその当時の、彼女と自分とのいるいくつかの情景を思い出さずにはいられなかった。彼女にちょっと纏まった金を与えて、その下宿から自分の家へ帰らせたのも彼であった。
 若い検事はどうしていいか分からなくなってきた。彼女の犯罪の動機となった情夫! それは取りも直さず自分ではなかったか? 彼女の犯罪の裏に情夫のあることを主張したのが自分であったことを考えて、彼はひどく混乱した。なぜあんな馬鹿《ばか》なことを主張したのか? なぜあの時彼女のことを思い出さなかったのか?
 しかし、若い検事はもはや自分の意見を翻すわけにいかなかった。焼き場で署長らに対して発表した自分の観察を、検察官の立場から押し通さねばならなかった。他人に
前へ 次へ
全26ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング