盛った毒をまず自分が呷《あお》らねばならないような立場を、彼は胸を抉《えぐ》り取られるように感じた。罪に立とう! 彼はいっさいのものに対して目を瞑ろうとした。そして、そのあとから彼の純情が勃然《ぼつぜん》として湧《わ》き上がってきた。彼女とともに罪に立とう!
 駐在巡査が鶴代に何か言って、若い検事の前に連れてきた。随行の書記が帳面を開いた。署長もポケットから手帳を出した。
「あなたは妊娠していたというのか。それは本当かね?」
 若い検事はとくに、あなたという敬語を使って言った。そして彼は目を瞑るようにした。何か恐ろしい言葉が返ってくるような気がしたからであった。しかし、彼女はなにも答えなかった。
「何もかも、こっちの訊くことに対しては正直に答えないと、あなたのためにならないから。……妊娠していたのは本当かね?」
「はい、本当でございます」
 彼女の答えはそうだった。彼は驚いたように目をど瞠《みは》った。彼は、おまえは自分が知っているはずじゃないか? という彼女の言葉を、目を瞑るようにして待っていたのだった。
「そして? 妊娠していたのを、それからどうしたかね? その子供を産んだのかね?」
「産みました」
「産んだ子供は?」
 彼は目が眩《くら》むような気がした。よろよろと倒れそうになるのを、全身の力でようやく踏み堪《こら》えていた。
「その産んだ子供を?」
「…………」
 彼女は彼の顔を見詰めながら、唇を噛《か》み締めるようにしてぶるぶると身体を顫《ふる》わした。彼は目を瞑るようにしてもう一度繰り返した。
「その子供は?」
「産むとすぐ殺してしまいました。済みません。済みません」
 鶴代はそう、低声ながら叫ぶように言って、両手を顔に当てて泣きだした。
「泣かんでもいい。泣かんでもいい」
「…………」
「それで、だれかに殺したほうがいいと勧められたのではないのか?」
「そんなことはありません。自分一人の考えで殺したのです」
 若い検事は、彼女の自分に対する好意を感じないではいられなかった。彼女が自分を愛しているからこそ! 彼はそう思った。彼女とともに罪に立とう!
「しかし、その妊娠させた男が、子供を養っていけるだけのものを出してくれたら、殺しはしなかったと思うが?」
「あるいはそうかもしれませんでした。でも、殺したのはそのためではありません」
「では、その妊娠させた男
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