《か》へ、博徒《ばくと》に混《まじ》り、酒客《しゆかく》に交《まじは》り、以て時勢を窺《うかゞ》へり。南洲は浪華《なには》の某樓に寓《ぐう》す。幕吏|搜索《さうさく》して樓下に至る。南洲乃ち劇《げき》を觀るに託して、舟を※[#「にんべん+就」、第3水準1−14−40]《か》りて逃《に》げ去れり。此れ皆|勇怯《ゆうきよ》を泯《ほろぼ》し勝負《しようぶ》を忘るゝものなり。
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七〇 無[#レ]我則不[#レ]獲[#二]其身[#一]、即是義。無[#レ]物則不[#レ]見[#二]其人[#一]、即是勇。
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〔譯〕我《わ》れ無ければ則ち其身を獲《え》ず、即ち是れ義《ぎ》なり。物無ければ則ち其人を見ず、即ち是れ勇《ゆう》なり。
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七一 自反而縮者、無[#レ]我也。雖[#二]千萬人[#一]吾往矣、無[#レ]物也。
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〔譯〕自ら反《かへり》みて縮《なほ》きは、我《われ》無きなり。千萬人と雖吾れ往かんは、物無きなり。
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七二 三軍不[#レ]和、難[#二]以言[#一レ]戰。百官不[#レ]和、難[#二]以言[#一レ]治。書云、同[#レ]寅協[#レ]恭和衷哉。唯一和字、一[#二]串治亂[#一]。
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〔譯〕三軍和せずば、以て戰《たゝかひ》を言ひ難《がた》し。百官和せずば、以て治《ち》を言ひ難し。書に云ふ、寅《いん》を同じうし恭《きよう》を協《あは》せ和衷《わちゆう》せよやと。唯だ一の和字、治亂《ちらん》を一串《いつくわん》す。
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〔評〕復古《ふくこ》の業《げふ》は薩長《さつちやう》の合縱《がつしよう》に成る。是れより先き、土人坂本|龍馬《りゆうま》、薩長の和せざるを憂《うれ》へ、薩|邸《てい》に抵《いた》り、大久保・西郷諸氏に説き、又長邸に抵《いた》り、木戸・大村諸氏に説く。薩人黒田・大山諸氏長に至り、長人木戸・品川諸氏薩に往《ゆ》き、而て後|和《わ》成り、維新《いしん》の鴻業《こうげふ》を致《いた》せり。
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七三 凡事有[#二]眞是非[#一]、有[#二]假是非[#一]。假是非、謂[#三]通俗之所[#二]可否[#一]。年少未[#レ]學、而先了[#二]假是非[#一]、※[#「二点しんにょう+台」、第3水準1−92−53][#レ]後欲[#レ]得[#二]眞是非[#一]、亦不[#レ]易[#レ]入。所[#レ]謂先入爲[#レ]主、不[#レ]可[#二]如何[#一]耳。
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〔譯〕凡そ事に眞是非《しんぜひ》有り、假是非《かぜひ》有り。假是非とは、通俗《つうぞく》の可否する所を謂ふ。年|少《わか》く未だ學ばずして、先づ假是非を了《れう》し、後に※[#「二点しんにょう+台」、第3水準1−92−53]《およ》んで眞是非を得んと欲するも、亦入り易《やす》からず。謂はゆる先入《せんにふ》主《しゆ》と爲《な》り、如何ともす可らざるのみ。
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七四 果斷、有[#二]自[#レ]義來者[#一]。有[#二]自[#レ]智來者[#一]。有[#二]自[#レ]勇來者[#一]。有[#下]并[#二]義與[#一レ]智而來者[#上]、上也。徒勇而已者殆矣。
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〔譯〕果斷《くわだん》は、義《ぎ》より來るもの有り。智《ち》より來るもの有り。勇《ゆう》より來るもの有り。義と智とを併《あは》せて來るもの有り、上《じやう》なり。徒《たゞ》に勇《ゆう》のみなるは殆《あやふ》し。
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〔評〕關八州《くわんはつしう》は古より武を用ふるの地と稱す。興世《おきよ》王|反逆《はんぎやく》すと雖、猶|將門《まさかど》に説いて之に據《よ》らしむ。小田原の役《えき》、豐《ほう》公は徳川公に謂うて曰ふ、東方に地あり、江戸《えど》と曰ふ、以て都府《とふ》を開く可しと。一新《いつしん》の始《はじ》め、大久保公|遷都《せんと》の議《ぎ》を獻《けん》じて曰ふ、官軍已に勝《か》つと雖、東賊《とうぞく》猶未だ滅《ほろ》びず、宜しく非常《ひじやう》の斷《だん》を以て非常の事を行ふべしと。先見の明|智《ち》と謂ふ可し。
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七五 公私在[#レ]事、又在[#レ]情。事公而情私者有[#レ]之。事私而情公者有[#レ]之。爲[#レ]政者、宜[#下]權[#二]衡人情事理輕重處[#一]、以用[#中]其中於[#上レ]民。
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〔譯〕公私《こうし》は事に在り、又情に在り。事公にして情私なるもの之有り。事私にして情公なるもの之有り。政を爲す者は、宜しく人情|事理《じり》輕重《けいぢゆう》の處を權衡《けんかう》して、以て其の中《ちゆう》を民に用ふべし。
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〔評〕南洲城山に據《よ》る。官軍|柵《さく》を植《う》ゑて之を守る。山縣《やまがた》中將書を南洲に寄せて兩軍|殺傷《さつしやう》の慘《さん》を極言《きよくげん》す。南洲其の書を見て曰ふ、我れ山縣に負《そむ》かずと、斷然《だんぜん》死に就《つ》けり。中將は南洲の元《げん》を視《み》て曰ふ、惜《を》しいかな、天下の一勇將を失へりと、流涕《りうてい》すること之を久しうせり。噫《あゝ》公私情盡せり。
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七六 愼獨工夫、當[#下]如[#三]身在[#二]稠人廣座中[#一]一般[#上]。應酬工夫、當[#下]如[#二]間居獨處時[#一]一般[#上]。
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〔譯〕愼獨《しんどく》の工夫《くふう》は、當《まさ》に身|稠人《ちうじん》廣座《くわうざ》の中に在るが如く一|般《ぱん》なるべし。應酬《おうしう》の工夫は、當《まさ》に間居《かんきよ》獨處《どくしよ》の時の如く一般なるべし。
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七七 心要[#二]現在[#一]。事未[#レ]來、不[#レ]可[#レ]邀。事已往、不[#レ]可[#レ]追。纔追纔邀、便是放心。
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〔譯〕心は現在《げんざい》せんことを要《えう》す。事未だ來らずば、邀《むか》ふ可らず。事已に往《ゆ》かば、追《お》ふ可らず。纔《わづ》かに追ひ纔かに邀へば、便《すなは》ち是れ放心《はうしん》なり。
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七八 物集[#二]於其所[#一レ]好、人也。事赴[#二]於所[#一レ]不[#レ]期、天也。
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〔譯〕物《もの》其の好む所に集《あつま》るは、人なり。事《こと》期《き》せざる所に赴《おもむ》くは、天なり。
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七九 人貴[#二]厚重[#一]、不[#レ]貴[#二]遲重[#一]。尚[#二]眞率[#一]、不[#レ]尚[#二]輕率[#一]。
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〔譯〕人は、厚重《こうちよう》を貴ぶ、遲重《ちちよう》を貴ばず。眞率《しんそつ》を尚《たつと》ぶ、輕率《けいそつ》を尚ばず。
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〔評〕南洲人に接《せつ》して、妄《みだり》に語《ご》を交《まじ》へず、人之を憚《はゞか》る。然れども其の人を知るに及んでは、則ち心を傾《かたむ》けて之を援《たす》く。其人に非ざれば則ち終身《しゆうしん》言《い》はず。
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八〇 凡生物皆資[#二]於養[#一]。天生而地養[#レ]之。人則地之氣精英。吾欲[#三]靜坐以養[#レ]氣、動行以養[#レ]體、氣體相資、以養[#二]此生[#一]。所[#二]以從[#レ]地而事[#一レ]天。
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〔譯〕凡そ生物は皆|養《やう》を資《と》る。天生じて地之を養《やしな》ふ。人は則ち地の氣の精英《せいえい》なり。吾れ靜坐して以て氣を養ひ、動行《どうかう》して以て體を養ひ、氣と體と相|資《と》つて以て此の生を養はんと欲す。地に從うて天に事ふる所以なり。
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〔評〕維新の業《げふ》は三藩の兵力に由ると雖、抑之を養ふに素《そ》あり、曰く名義《めいぎ》なり、曰く名分《めいぶん》なり。或は云ふ、維新の功《こう》は大日本史《だいにつぽんし》及び外史に基《もと》づくと、亦|理《り》無《な》しとせざるなり。
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八一 凡爲[#レ]學之初、必立[#下]欲[#レ]爲[#二]大人[#一]之志[#上]、然後書可[#レ]讀也。不[#レ]然、徒貪[#二]聞見[#一]而已、則或恐[#二]長[#レ]傲飾[#一レ]非。所[#レ]謂假[#二]寇兵[#一]、資[#二]盜糧[#一]也、可[#レ]虞。
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〔譯〕凡そ學を爲すの初め、必ず大人たらんと欲するの志を立て、然る後書讀む可し。然らずして、徒《いたづら》に聞見を貪《むさぼ》るのみならば、則ち或は傲《がう》を長《ちやう》じ非を飾《かざ》らんことを恐る。謂はゆる寇《こう》に兵を假《か》し、盜《たう》に糧《りやう》を資《し》するなり、虞《おもんぱか》る可し。
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八二 以[#二]眞己[#一]克[#二]假己[#一]、天理也。以[#二]身我[#一]害[#二]心我[#一]、人欲也。
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〔譯〕眞己《しんこ》を以て假己《かこ》に克《か》つ、天理なり。身我《しんが》を以て心我を害《がい》す、人欲《じんよく》なり。
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八三 無[#二]一息間斷[#一]、無[#二]一刻急忙[#一]。即是天地氣象。
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〔譯〕一|息《そく》の間斷《かんだん》無く、一|刻《こく》の急忙《きふばう》無し。即ち是れ天地の氣象《きしやう》なり。
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〔評〕木戸公毎旦|考妣《ちゝはゝ》の木主を拜す。身|煩劇《はんげき》に居ると雖、少しくも怠《おこた》らず。三十年の間一日の如し。
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八四 有[#レ]心[#二]於無[#一レ]心、工夫是也。無[#レ]心[#二]於有[#一レ]心、本體是也。
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〔譯〕心無きに心有るは、工夫《くふう》是なり。心有るに心無きは、本體《ほんたい》是なり。
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八五 不[#レ]知而知者、道心也。知而不[#レ]知者、人心也。
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〔譯〕知らずして知る者は、道心《だうしん》なり。知つて知らざる者は、人心《じんしん》なり。
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八六 心靜、方能知[#二]白日[#一]。眼明、始會[#レ]識[#二]青天[#一]。此程伯氏之句也。青天白日、常在[#二]於我[#一]。宜[#下]掲[#二]之座右[#一]、以爲[
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