き》する所となり、危難《きなん》累《しき》りに至る、而かも毫《がう》も趨避《すうひ》せず。
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二六 心之官則思。思字只是工夫字。思則愈精明、愈篤實。自[#二]其篤實[#一]謂[#二]之行[#一]、自[#二]其精明[#一]謂[#二]之知[#一]。知行歸[#二]於一思字[#一]。
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〔譯〕心の官《かん》は則ち思ふ。思の字只是れ工夫《くふう》の字なり。思へば則ち愈|精明《せいめい》なり、愈|篤實《とくじつ》なり。其の篤實より之を行と謂ひ、其の精明より之を知と謂ふ。知と行とは一の思の字に歸《き》す。
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二七 處[#レ]晦者能見[#レ]顯。據[#レ]顯者不[#レ]見[#レ]晦。
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〔譯〕晦《くわい》に處《を》る者は能く顯《けん》を見る。顯に據《よ》る者は晦を見ず。
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二八 取[#二]信於人[#一]難也。人不[#レ]信[#二]於口[#一]、而信[#二]於躬[#一]。不[#レ]信[#二]於躬[#一]、而信[#二]於心[#一]。是以難。
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〔譯〕信《しん》を人に取るは難し。人は口を信ぜずして躬《み》を信ず。躬を信ぜずして心を信ず。是を以て難し。
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〔評〕南洲|守庭吏《しゆていり》と爲る。島津|齊彬《なりあきら》公其の眼光《がんくわう》烱々《けい/\》として人を射《い》るを見て凡《ぼん》人に非ずと以爲《おも》ひ、拔擢《ばつてき》して之を用ふ。公|嘗《かつ》て書を作《つく》り、南洲に命じて之を水戸《みと》の烈《れつ》公に致さしめ、初めより封緘《ふうかん》を加へず。烈公の答書《たふしよ》も亦然り。
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二九 臨時之信、累[#二]功於平日[#一]。平日之信、收[#二]効於臨時[#一]。
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〔譯〕臨時《りんじ》の信《しん》は、功《こう》を平日に累《かさ》ぬればなり。平日の信は、効《こう》を臨時に收《をさ》むべし。
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〔評〕南洲官軍の先鋒《せんぱう》となり、品川に抵《いた》る、勝安房《かつあは》、大久保一翁、山岡鐵太郎之を見て、慶喜|罪《つみ》を俟《ま》つの状《じやう》を具陳《ぐちん》し、討伐《たうばつ》を弛《ゆる》べんことを請ふ。安房素より南洲を知れり、之を説くこと甚だ力む。乃ち令を諸軍に傳へて、攻撃を止《とゞ》む。
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三〇 信孚[#二]於上下[#一]、天下無[#二]甚難[#レ]處事[#一]。
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〔譯〕信上下に孚《ふ》す、天下甚だ處《しよ》し難き事無し。
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三一 意之誠否、須[#下]於[#二]夢寐中事[#一]驗[#上レ]之。
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〔譯〕意《い》の誠否《せいひ》は、須らく夢寐《むび》中《ちゆう》の事に於て之を驗《けん》すべし。
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〔評〕南洲|弱冠《じやくくわん》の時、藤田東湖《ふじたとうこ》に謁《えつ》す、東湖は重瞳子《ちやうどうし》、躯幹《くかん》魁傑《くわいけつ》にして、黄麻《わうま》の外套《ぐわいとう》を被《き》、朱室《しゆざや》の長劒《ちやうけん》を佩《さ》して南洲を邀《むか》ふ。南洲一見して瞿然《くぜん》たり。乃ち室内に入る、一大白を屬《ぞく》して酒《さけ》を侑《すゝ》めらる。南洲は素《も》と飮《いん》を解《かい》せず、強《し》ひて之を盡《つく》す、忽《たちま》ち酩酊《めいてい》して嘔吐《おうど》席《せき》を汚《けが》す。東湖は南洲の朴率《ぼくそつ》にして飾《かざ》るところなきを見て酷《はなは》だ之を愛《あい》す。嘗て曰ふ、他日我が志を繼《つ》ぐ者は獨此の少年子のみと。南洲も亦曰ふ、天下|眞《しん》に畏《おそ》る可き者なし、唯《たゞ》畏る可き者は東湖一人のみと。二子の言、夢寐《むび》相|感《かん》ずる者か。
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三二 不[#レ]起[#二]妄念[#一]是敬。妄念不[#レ]起是誠。
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〔譯〕妄念《ばうねん》を起さゞるは是れ敬《けい》なり。妄念起らざるは是れ誠《まこと》なり。
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三三 因[#二]民義[#一]以激[#レ]之、因[#二]民欲[#一]以趨[#レ]之、則民忘[#二]其生[#一]而致[#二]其死[#一]。是可[#二]以一戰[#一]。
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〔譯〕民の義《ぎ》に因つて以て之を激《げき》し、民の欲《よく》に因つて以て之を趨《はし》らさば、則ち民其の生を忘《わす》れて其の死を致《いた》さん。是れ以て一|戰《せん》す可し。
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〔評〕兵數は孰《いづ》れか衆《おほ》き、器械《きかい》は孰れか精《せい》なる、糧食《りやうしよく》は孰れか積《つ》める、この數者を以て之を較《くら》べば、薩長《さつちやう》の兵は固より幕府に及ばざるなり。然り而して伏見《ふしみ》の一戰、東兵|披靡《ひび》するものは何ぞや。南洲及び木戸公等の※[#「竹かんむり/束」、41−8]《さく》、民の欲《よく》に因つて之を趨《はし》らしたればなり。是を以て破竹《はちく》の勢《いきほひ》ありたり。
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三四 漸必成[#レ]事、惠必懷[#レ]人。如[#二]歴代姦雄[#一]、有[#下]竊[#二]其祕[#一]者[#上]、一時亦能遂[#レ]志。可[#レ]畏之至。
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〔譯〕漸《ぜん》は必ず事を成《な》し、惠《けい》は必ず人を懷《な》づく。歴代《れきだい》姦雄《かんゆう》の如き、其|祕《ひ》を竊《ぬす》む者有り、一時亦能く志を遂《と》ぐ。畏る可きの至りなり。
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三五 匿情似[#二]愼密[#一]。柔媚似[#二]恭順[#一]。剛愎似[#二]自信[#一]。故君子惡[#二]似而非者[#一]。
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〔譯〕匿情《とくじやう》は愼密《しんみつ》に似《に》る。柔媚《じうび》は恭順《きようじゆん》に似る。剛愎《がうふく》は自信《じしん》に似る。故に君子は似《に》て非《ひ》なる者を惡《にく》む。
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三六 事[#レ]君不[#レ]忠非[#レ]孝也、戰陳無[#レ]勇非[#レ]孝也。曾子孝子、其言如[#レ]此。彼謂[#三]忠孝不[#二]兩全[#一]者、世俗之見也。
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〔譯〕君に事《つか》へて忠ならざるは孝に非ざるなり、戰陳《せんじん》に勇《ゆう》無きは孝に非ざるなりと。曾子《そうし》は孝子なり、其の言|此《かく》の如し。彼の忠孝|兩全《りやうぜん》せずと謂ふは、世俗《せぞく》の見なり。
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〔評〕十年の難《なん》、賊の精鋭《せいえい》熊本城下に聚《あつま》る。而て援軍《えんぐん》未だ達せず。谷中將死を以て之を守り、少しも動かず。賊勢《ぞくせい》遂に屈し、其兵を東する能はず。昔者《むかし》加藤|嘉明《よしあき》言へるあり。曰ふ、將《しやう》を斬《き》り旗《はた》を搴《と》るは、氣盛なる者之を能くす、而かも眞勇《しんゆう》に非ざるなり。孤城《こじやう》を援《えん》なきに守り、孱《せん》主を衆|※[#「目+癸」、第4水準2−82−11]《そむ》くに保《たも》つ、律義者《りちぎもの》に非ざれば能はず、故に眞勇は必ず律義者《りちぎもの》に出づと。尾藤孝肇《びとうかうてう》曰ふ、律義《りちぎ》とは蓋《けだ》し直《ちよく》にして信あるを謂ふと。余謂ふ、孤城を援《えん》なきに守るは、谷中將の如くば可なりと。嗚呼中將は忠且つ勇なり、而して孝其の中《うち》に在り。
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三七 不[#レ]可[#レ]誣者人情、不[#レ]可[#レ]欺者天理、人皆知[#レ]之。蓋知而未[#レ]知。
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〔譯〕誣《し》ふ可らざる者は人情なり、欺《あざむ》く可らざる者は天理なり、人皆之を知る。蓋《けだ》し知つて而して未だ知らず。
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〔評〕榎本武揚《えのもとぶやう》等五|稜郭《りようかく》の兵已に敗る。海律全書《かいりつぜんしよ》二卷を以て我が海軍に贈《おく》つて云ふ、是れ嘗て荷蘭《おらんだ》に學んで獲《え》たる所なり、身と倶に滅《ほろ》ぶることを惜しむと。武揚の誣ふ可らざるの情|天聽《てんちやう》に達《たつ》し、其の死を宥し寵用《ちようよう》せらる、天理なり。
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三八 知是行之主宰、乾道也。行是知之流行、坤道也。合以成[#二]體躯[#一]。則知行、是二而一、一而二。
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〔譯〕知《ち》は是れ行《かう》の主宰《しゆさい》なり、乾道《けんだう》なり。行は是れ知の流行《りうかう》なり、坤道《こんだう》なり。合して以て體躯《たいく》を成す。則ち知行は是れ二にして一、一にして二なり。
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三九 學貴[#二]自得[#一]。人徒以[#レ]目讀[#二]有字之書[#一]、故局[#二]於字[#一]、不[#レ]得[#二]通透[#一]。當[#三]以[#レ]心讀[#二]無字之書[#一]、乃洞而有[#二]自得[#一]。
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〔譯〕學《がく》は自得《じとく》を貴《たふと》ぶ。人|徒《いたづら》に目を以て有字の書を讀む、故に字に局《きよく》し、通透《つうとう》することを得ず。當《まさ》に心を以て無字の書を讀むべし、乃ち洞《とう》して自得するところ有らん。
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四〇 孟子以[#二]讀書[#一]爲[#二]尚友[#一]。故讀[#二]經籍[#一]、即是聽[#二]嚴師父兄之訓[#一]也。讀[#二]史子[#一]、亦即與[#二]明君賢相英雄豪傑[#一]相周旋也。其可[#レ]不[#下]清[#二]明其心[#一]以對[#中]越之[#上]乎。
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〔譯〕孟子讀書を以て尚友《しやういう》と爲す。故に經籍《けいせき》を讀む、即ち是れ嚴師《げんし》父兄の訓を聽くなり。史子《しゝ》を讀む、亦即ち明君賢相英雄豪傑と相|周旋《しうせん》するなり。其れ其の心を清明にして以て之に對越《たいえつ》せざる可けんや。
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四一 爲[#レ]學緊要、在[#二]心一字[#一]。把[#レ]心以治[#レ]心、謂[#二]之聖學[#一]。爲[#レ]政著眼、在[#二]情一字[#一]。循[#レ]情以治[#レ]情、謂[#二]之王道[#一]。王道聖學非[#レ]二。
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〔譯〕學を爲すの緊要《きんえう》は心の一字に在り。心を把《と》つて以て心を治む、之を聖學と謂
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