、特に別廳《べつちやう》に召《め》し告げて曰ふ。事此に至る、言ふ可きなし。汝將に京に入らんとすと聞《き》く、請ふ吾が爲めに恭順《きようじゆん》の意を致せと。余江戸を發して桑名に抵《いた》り、柳原|前光《さきみつ》公軍を督《とく》して至るに遇ふ。余爲めに之を告ぐ。京師に至るに及んで、松平|春嶽《しゆんがく》公を見て又之を告ぐ。慶喜公江戸城に在り、衆皆之に逼《せま》り、死を以て城を守らんことを請ふ。公|聽《き》かず、水戸に赴く、近臣二三十名從ふ。衆奉じて以て主と爲すべきものなく、或は散《さん》じて四方に之《ゆ》き、或は上野《うへの》に據《よ》る。若し公をして耐忍《たいにん》の力無く、共に怒《いか》つて事を擧げしめば、則ち府下悉く焦土《せうど》と爲らん。假令《たとひ》都を遷すも、其の盛大を極《きは》むること今日の如きは實に難からん。然らば則ち公常人の忍《しの》ぶ能はざる所を忍ぶ、其功亦多し。舊《きう》藩士|日高誠實《ひだかせいじつ》時に句あり云ふ。
[#ここから3字下げ]
「功烈《こうれつ》尤も多かりしは前内府《ぜんないふ》。至尊《しそん》直に鶴城《かくじやう》の中に在り」と。
[#ここで字
前へ
次へ
全71ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
秋月 種樹 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング