て行かりよかのんし
と言つて居りました。今うたふのは
[#天から2字下げ]來いとゆたとて行かりよか佐渡へ佐渡は四十九里浪の上
となつて居ります。「のんし」と言ふ言葉は今はすたれた佐渡の言葉ださうです。
この節から出たと思はれるのがまだ佐渡おけさに殘つて居ります。それは
[#楽譜(fig48182_07.png)入る]
おけさと言ふ節の名の起りについては
おけさ正直なら側にも寢しよ(或は、寢よ)がおけさ猫の性でぢやれたがるとか「ぢやれかかる」とか歌ふのがありまして、猫がおけさと言ふ女に化けて云云と言ふ傳説まで出來て居りまして、一般にさう信じられて居ります、相馬御風さんなどもおけさ女説のやうで、佐渡で古く女の名を書いたものの中におけさと言ふ名は見えなかつたが、それに類似した意味のない音をつないだだけの名が澤山見えるので、一層たしかめられたと言つたと言ふやうなことを聞きました。
けれども、この出たらめのやうな名は私が金澤に居ります時分に越中能登邊の女の名を書きつらねた墓石――今の醫大、當時の醫學專問學校で解剖された女のための――で見て居りますので、能登との交通が盛だつた佐渡に取つて
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