風呂と言ふのは鹽の上に藁で出來た大きな袋をかぶせて上から熱湯を注いだ中に人が這入つて蒸されて柔くなつた皮膚を爪で掻いて垢を落とす裝置でして、田舍では今でもこれを行つてゐるので、今の郡長が巡視に行つたときわざわざ風呂場を庭の一隅にこしらへた家もあつたと言ふ位です。人が中に這入つてゐるとも知らずに上から湯を掛けて大火傷をさす事も屡あるさうです。
眼を惡く爲さうな原因は外にも澤山あります。第一に冬になると日光に惠まれない、ただでさへ暗い建築の家は締切りになる、加賀邊の家のやうに天井から明を取るやうにも出來てゐない、さう言ふ處で炬燵に當つて日を暮らす。夜になると穴藏の底のやうな照明力の電燈が僅かに赤味を帶びた色に照るだけです。斯んな事も第一の原因でせう。それに冬になると全然野菜が缺乏します。稀に少し穩な日に三里ばかり南から野菜を賣りに來ることがあつても恐ろしく高い。魚ばかり食べて居るからではないかと思ふのですが、それに雪でいぢめられるからかも知れませんが、冬の終に近づくと毛の色がまるで赤く埃でも浴びたやうに澤の拔けた頭をした女ばかりになります。それが夏を越した今時分になると見られなくなるので
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