が、今年の春頃、丁度私の宿の近くで雨の夜ごとに僧形の見知らぬものが火の番とすれ違つたさうです。振りかへると姿が見えないと言ふので正しく貉に相違ないと申して居りました。
その前にも二つ岩附近に坊主が出ると言ふ評判がありました。
十月十四日の晩の七時半ごろ山越しに南の方から相川へ戻つて來ますと、丁度もう四五町で相川へ入らうとする、山のおり口で一人の中學生が藁を積んだ處へ何遍も衝突してゐるのに出喰はしました。聲をかけても夢中で藁と衝突をして居ります。やうやく手を引いて路へ出しますとまだよろよろして病人のやうでした。暫く歩かせてから眼も見え足元もたしかになりましたが、私の連は貉がついたのだと申して居りました。
貉のせいかどうか知りませんが、此處には鳥眼がかなり澤山あります。眼の瞼の爛れたのも澤山あります。斜視もざらにあります。濱で採れる若芽を鹽いりにして佐渡芽と稱して賣つて居りますが、越後の人は佐渡の眼病を佐渡目と言つて居ります。此腐れ眼は冬から春までの間に殊に非道くなるらしいのです。縣ではこの眼の惡い原因を花柳病か蒸風呂のためだと考へてゐる樣で、蒸風呂はなるべく禁止して居ります。
蒸
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