殆ど壁をよぢるやうな道でして相川から僅か十四五町も登ると既に峠の絶頂に達しられます。絶頂は薄の野になつてゐますが、相川から行つて白粘土の道を松と薄とで兩側の展望を障られた儘我知らず登りついてしまふと、其處には左手に無數の低い鳥居がお稻荷樣のやうに並んでゐます。鳥居をくぐつて奧まで行くと汚らしい繪馬堂があります。繪馬堂の先に眞つ黒な岩の間に挾まつた小さな祠があります。
 黒い岩や赤土は相川からぢかに東に登つた山では珍しくないのですが、白粘土ばかりの此邊でそれを見ると何だか飛んでもない氣がします。おまけにその黒い岩は千仭の谷の上に首を出してゐるのです。大局から見ると、佐渡と言ふ島は海の中から南と北との二個處にごぼごぼと吹き出して出來でもしたもののやうです。粘土の中から石英と石灰とで出來た山脈がところどころに赤玉だの瑪瑙だの青玉だのの肌を天日に晒し腹の中に鍾乳石だの水晶だの太古からの不思議な水だのを包んで輕石だの火山彈だのを浴びて二本並んで立つてゐるのです。相川が生憎石英粗面岩の大きなやつの上に立つてゐるので、冬の中ガラスの上に坐つてゐるやうな冷たさを住む人が經驗しなければならないのですが、町を一寸南にでも北にでも外れると、海岸には水色や薄紅梅や乳色の岩が見え、縣道から二つ岩までの間は房州の鋸山で見るやうな剃刀砥のやうな、ところどころに木の葉や貝や魚類の化石を含んだ石で出來てゐるのですが、この祠のある場處は恐らく佐渡の最北端から金北山を通つて來た山の脊の一部の石灰の多い箇處が海か雨かのために虧けでもしたものらしく、白土をかぶつた山の一部がごぼりとなくなつて恐ろしい見苦しさを表はしてゐるのです。
 祠を挾んでゐる二つの岩は女陰の形を造つて居ます。非常に大きくて黒く出來てゐるのが何となく不吉な豫想を暗示してゐます。祠の大きさは高さ三四尺もありませうか。もぐらなければ中へ這入れません。祠の小さいことが何となく恐ろしい感じを人に與へます。祠の奧は筒拔けになつてゐて、そこから更に深い大きな底の知れない洞穴に這入れます。けれども誰も土地の人で這入つて見たものはないやうです。もしあつても決して人に之を話しますまい。何故と言つて萬一そんなことを實行したものがあつたら佐渡全島の女を犯したものよりも非道い目に逢ふでせうから。
 祠のある割目のほかにも數個の割目があります。要するに數個の大岩が
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