と信ずるからのことである、物事を考て、かうしやう乎、ああしやう乎、と思ふとき、又やるがよからう乎、やめるがよからう乎と惑ふとき抔に遂に何れに歟決定するやうになると、それを自分が自由に選擇決定したのであるやうに思ふのであるけれども、是れが大なる謬見である、決して自分が自由に選擇決定したのではない、實は自分の精神内に同一時に二個若くは數個の相反對する意思が存して居て、それが先づ互に勝を占めんと競爭するのである、而して其中で強い意思が弱い意思を打負かすので、そこで意思の決定がつくのである、自分が自由に選擇決定するのではなくて意思相互の勝敗で決定が出來るのである、然るに左樣なる理由が解らぬところからして全く自分で自由に選擇決定するもののやうに思ふのであるから實に甚だしき謬見になるのである、其樣なる譯であるから日清日露の兩大戰に吾邦が大勝を得たのも東郷大將が露艦を全滅せしめたのも、それは固より其意思の壯大なるに原因するのであるけれども併し其意思は決して自由に起したのではなく必ず日本人の優勝なる遺傳と境遇應化とから生じた所の動機から出たのであるといふことを知らぬばならぬ[#「知らぬばならぬ」はママ
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