検事殿、犯人はわかりました。それは練習機からはずれて飛んだ小さな鋼鉄の鋲でした」電話機を投げ出すように置くと池内が叫んだ。「幸いにして私の予想が当った事をうれしく思います。綿井氏は秀岡氏が不慮の死に遭ったのを目撃して、不図悪心を起したのでしょう、神の審《さば》きがすぐある事を知らず……」
5
「いや実際僕は慌てたよ」
晴れた朝のH飛行場の草の上を、池内は三枝と肩を並べ乍ら、ブルンブルン、プロペラアを唸らせている旅客機の方へ歩いて行きつつ言った。――「どうも形勢君に不利なんだからな。然し僕にどうしても想像つかなかったのは兇器だ。君は僕から見て事件から無関係であるとしても、綿井氏が機に乗る前から、秀岡氏に殺意を抱いていたものとは考えられぬ。何故となれば二人は飛行場で初めて顔を合わせた未知同士だったのだからね。だからどうしても、綿井氏が兇器をかくし持っていたとは考えられず、一方狭い機内には何一つとして兇器に利用されるような物はなかったのだ。勿論秀岡氏は鞄以外に所持品の無かった事は誰れだって知っている。僕は結局想像を可及的に拡げてゆくより外に仕方はなかった。即ち一九二八年オランダであったと言う事件、すれ違った機から、その機の附属品が飛んで、他の機の操縦者を傷つけたと言う事件を考え浮べずにはいられなかった。そしてすぐその考えの当っているかどうかを、P民間飛行場に尋ねてみたのだ」
二人は顔を見合せて微笑んだ。
「然しね三枝」池内は続けて言った。「何が幸いだと言っても、僕に立派なアリバイがあった事だ。若し僕にアリバイが出来なかったとしたら、僕等は什麼《どんな》怖ろしい結果になっていたか知れない。然しそれと言うのも所詮君がDを出る前に、あんな事を僕に頼んだからこそだった。一体、什麼心算で、阿麼《あんな》事を僕に頼んだのだ?」
三枝は急に顔を赤らめて答えた。
「玲子《れいこ》さん(彼の許嫁《いいなずけ》)が慎三《しんぞう》君(その兄)とその前日より自動車旅行に出ていたのだ。そしてあの日どこかで僕等の飛行機を発見して、下界から旗を振る約束になっていたのだ。僕はそれを注意している筈だったが、秀岡に会ったので、それを君に頼まなければならなかったのだよ……」
[#地付き](「探偵」一九三一年十一月)
底本:「「探偵」傑作選 幻の探偵雑誌9」光文社文庫、光文社
2002(平成14)年1月20日初版1刷発行
初出:「探偵」駿南社
1931(昭和6)年11月号
入力:川山隆
校正:伊藤時也
2008年11月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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