彼にとっては、来る日来る日が幸福で、朗かそのもののようであったではないか! それが今朝に限って……」
 くりかえし其麼《そんな》事を考えているうちに、やっと目的のH飛行場の白円が、薄く下を流れる雲の間から見え出した。エンジン・スイッチを切って得意な滑空。と、地面がずんずんふくれるように盛り上って来て、……愈《やが》てずしんと車輪が大地にバウンドした。
「さあ一先ず降りて休もう」
 ピタリと機体を停止さすと、池内操縦士は腰のバンドを解き乍ら、急に痩せたようにさえ見える、陰翳の濃く漂った三枝の横顔に言った。と、その時だった。客室へ出る小さな扉が、邪慳《じゃけん》に外から打ち開かれて、そこから、ここの飛行場旅客係の男の、呶鳴るような声が飛び込んで来た。
「た、大変だ、秀岡《ひでおか》氏が死んでいるじゃないか! そして、そして綿井《わたい》氏が行方不明だ!」

        2

 ×市、生糸問屋、綿井|茂一《しげいち》、四〇歳、H飛行場迄
 ×市、R銀行頭取、秀岡|清五郎《せいごろう》、六三歳、K飛行場(Hの次のエア・ポオト)迄
 ――出発飛行場Dの、乗客名簿には、その朝の乗客二名に就ては
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