後で手を振る。エンジン・レバアをじりじりと引いて、頃を見計って全開だ。轟と凄まじい音と共に機体がスイと空に吸い上げられて、今迄太い細い線模様を描いていた地面が、忽ち野や山や人家が箱庭のように、小さく瞭《はっき》り見える迄に収縮して了う。もう五百|米《メートル》の高空なのだ。
 J部落、T河、O山、B湾――必要上自分達だけで作っている地上標識が、三分乃至五分おき位に、眼界に現れて眼界から消え去る。慣れた道だ、天候は良くないが、先ず今日は心配気はない空の旅。
「便所に行ってくるよ」
[#旅客機内の模様の説明図(fig47767_01.png)入る]
 三十分程経った所で、沈黙に終始していた三枝が、急に腰をもたげ乍ら、池内の耳元で大きく言って、自分の座席を跼み乍らはねのけた(大抵の人は知っていると思うが、旅客機内の模様は上掲の如きものである。尚、念の為めに附記すれば、Aの座席に重役風の紳士が、Bの座席に商人風の男が坐っていたのである)。そして、窮屈な扉から客室の方へもぐり降りて行った。
 山、河、谷、原……それから十分はたっぷりかかったろう。三枝は池内が二度時計を出して眺めている所へ、帰って
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