あのね、今日は飛行中一寸頼んで置き度い事があるんだがな」と言った。
「何だい?」
「実は」と変にまぶしげに同僚の顔を眺めた三枝は「H飛行場に着く迄、じっと航空路の各地点の現様に気をつけていて欲しいんだ」
「何だい――」池内は不審気に「其麼《そんな》事、君がちゃアんと見ていればいいじゃないか?」
「うん、だが――」
 三枝はもろくも狼狽して、顔をあらぬ方へ逸らしたが、すぐ気持を盛りかえすように、
「兎に角、僕も気をつけている事にするから君も頼むよ。是非、どうか……」
 と言い捨てると、その儘駈足で機の方へ走って行って了った。
「あいつ余程今日はどうかしている」――池内操縦士は、その後姿を眺めてそう思ったが、彼の態度が何を意味しているか、勿論わかりはしなかった。
 軈《やが》て出発、発動機は好調。池内、三枝、二名の機員に、操縦桿を握られたアメリカ・アトランテック社製の美しい旅客機は、その長細い胴体に二人の乗客――一人は商人風な小柄な男、一人はでっぷり肥った重役型の美髯家《びぜんか》を、収容して、するすると飛行場の緑草の上を滑走し始めた。
「行ってらっしゃアい!」
 見送りに出た飛行場員達が
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