から他へ転向させたのは、勿論、秀岡氏の所持する金が自分の手に握れる立場になった故に違いありません。他に理由のつけようがありませんから――。然し理由もなくどうして秀岡氏が、そんな大金を甘んじて綿井氏に提供するでしょう……」
「では矢張り秀岡氏殺害犯人は……」
 ――丁度そこへ署員が慇懃に現われた。
「唯今、N警察署から通知がありまして、昨日綿井氏の屍体を発見して届け出た農夫が再び警察に出頭して、自分が屍体の懐中からこれだけの札束を横領隠匿したと自白して、五万円の金額を提出したそうです」
「うむ!」検事は頷いた、池内の顔も難関が取り除かれたように釈然と明るくなった。途端、卓上電話のベル。
「ああそう」検事は電話の相手に応えた。そしてうんうん聞いていたが、不審気な面持で、受話器を池内の方へ渡してよこした。
「P民間飛行場から長距離の電話だ。何だか僕には分らぬ事を言っている」
 かわるとそれは斯うだった。――「御通知によって、昨朝飛翔したアブロ練習機を精査してみると、車輪軸に打たれている鋲《びょう》が一個はずれている事を発見した。紛失は昨日の練習飛行の際行われたものである事は明らかである」

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