既に綿井が墜死していた。誰れにも、その僅かの間に、乗客二人を相手とした大格闘が行われたものとは推定され得なかった。乗客二名はどうせ団結していたろうし――。だから、どうしても綿井の死が先であるらしく思われた。もし自殺であるなら、秀岡が知らないでいる間に行われ得るし、他殺にしろ、彼を一人秀岡が知らぬ間に、便所におびき寄せ、そこから突き落すと言う事も不可能事ではない。孰《いず》れにせよ、兇行は邪魔者がいなくなってから、油断をみすまして一撃のもとに行われたものである事は明瞭である。邪魔者がいて、どうして阿麼《あんな》手際よい殺害振りが出来るであろうか。
「然し検事殿」検事の言葉を聞くと、池内は眉をあげて言った。「落下傘は屍体のすぐ傍にあったと言うのではないのですか? 一体あの時、機の速力は時速百二十|哩《マイル》位でした。だから、そうです、秒速にすれば一町ぐらいに当るのです。若し貴方が謂《い》われるように、綿井氏を落して後、落下傘を第三者が投げたとすれば、如何にしても一町や二町、屍体と落下傘の距離は出来なければならない筈なのです。落下傘は確実に綿井氏が携帯して飛び降りたのである事は、後に示され
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