J・D・カーの密室犯罪の研究
井上良夫
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アメリカの青年作家ジョン・ディクソン・カーは、彼の新しい力作『三つの棺』の中で、特に一章を設け、作中の主要人物フエル博士の講義の体にして、探偵小説に扱われた密室犯罪の様々を分類発表してみせてくれている。読んでいても如何にも小気味よい態度であるが、同作品を貫く眼目が密室犯罪の解決に全然新しい思い付きを見せようと意気込んだもので、作者が若いだけに途中興味が折々緩み勝ちになることはあるが、実際そこで投げ出される不可解さの魅力は素晴らしく、最後の解決を見ずに放棄するというようなことは、私の場合では先ず不可能のように思われた。
作者の密室犯罪の講義というのは、愈々事件が解決へのあわただしさを持ち始めて来た三分の二あたりの所でおもむろに挿入された一章である。
ヴァン・ダインの『グリーン・マーダー・ケース』終り近くに羅列される重要ファクターの箇条書から受ける感じと一寸似ているが、挑戦の面白味も一《ひ》と際《きわ》増して来るのと、読者の側になんとなく落着いた気分が与えられて来るのとでその挿入が甚だ時宜を得ており、非常に効果的であると思って感心した。しかしこの一章は、もともと研究的色彩に富んでいるもので、そういう切迫した雰囲気とは全然切り離し、独立的に取出して来てみても充分に読み応えはあろうと思われる。それで以下、適宜抄訳意訳に簡単な註釈も加え御紹介しておきたい。
まずフエル博士は、作者カーに代って次のように語り出す。
「一部の人々は、自分達が怪奇的色彩を帯びた作品を好まないものだから、そうした自己の好みを以ってすべてを律しようとし、気に入らぬ作品はきまって、こんな話は実際にありそうにもない、といって非難する。ひいては、この人々は他の人々にも、実際にはありそうにもない、ということはつまり感心出来ない探偵小説を意味するのだと、考えさせるようにしてしまう。けれども、探偵小説を貶《けな》すのに、ありそうにない、尤もらしくないなどという言葉を使うのは、とりわけ当を得ていないのではあるまいか。私達が探偵小説を愛好するのは、外でもない、その『尤もらしくないこと』が好きだからなのだ」
作者はまずこのように探偵小説の興味の根本に簡単に触れておいてから、尤もらしくない、こじつけの王座にあるところの密室内の犯罪を取上げる。
「秘密の通路に類するアンフェアな解決法は一切廃して、密室犯罪の解決法を分類して行くと、大体次のようになってくる」と断って以下がその分類。
(一)、密室内に行われたことが、実は殺人でなく、偶然に起ったことが重なり、恰度殺人が行われたように見えるもの。――一例を挙げてみると、部屋が密閉される前に盗賊がはいって、格闘があったり、負傷したり、家具が破壊されたりなど、つまり殺人事件の際争いでもあったと思わせるようなことが起る。後刻、今度は本当に密室となった部屋の中で、その部屋の中の人が偶々過って死んだとする。すると、実際は時を距てて起ったこれらの出来事が、同時に(即ち密室の中で)行われたもののように考えられるのである。この場合の致命傷は多く頭部の打撲傷で、棍棒かなんかで一撃を加えられたもののように考えられるのだが、実際には何か家具の角で打ったというようなことが多い。テーブルの角とか椅子の角とかがそうだが、一番多い例は鉄の炉囲灰除《クエンダー》である。ついでながらこの物騒な物は『クルックド・マン』に見られたシャーロック・ホームズの冒険の昔から他殺と見誤られるような工合に人を殺して来ている。
この密室犯罪の方法を取り入れて最も巧妙な解決を示したものは、曾《かつ》て書かれた探偵小説のうち最も傑《すぐ》れた作品であるところの、かのガストン・ルルウの『黄色い部屋の秘密』である。
(二)、殺人にはちがいないが、被害者は自殺をとげたり或は過失死をとげるように仕向けられる。――幽霊が出るという部屋の中で暗示によって死に至らしめるとか、もっと多いのは室外からガスを注入したりする。このガスなり毒薬なりが被害者を狂気にして、部屋の中を掻き乱させ格闘でも演じられたような形跡を残す。揚句の果当人はナイフで自らを刺したりなどして死ぬ。この種の変形には、シャンデリアについている鉄の切先きを頭に突き差したり、針金で縊れたり、時には自分の手で喉をしめて息の根を断つというようなこともある。
(三)、前以って部屋の中に機械的な仕掛けが設けられてあって、これが平凡な家具調
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