度の中にうまく隠しこまれていて、これでもって殺人が行われるというような場合――これはもうずっと以前に故人になっている者が仕掛けて行った罠が自動的に作用し出すとか、現在生存している犯人が新しくそれを使用するとかいうような例もある。謂わば近代科学を悪用したもので、次のような色んな例がある。
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――電話の受話器中に銃と同じ仕掛けのものが隠されていて、部屋の主が受話器を外すと同時に頭部めがけて弾丸が射出される。
――ピストルの引金に紐が結びつけられ、水が凍る時の膨張力でこの紐が引かれ発射される。
――時計のねじをかけると弾丸が発射される。
――大型時計の上部に喧《かまびす》しく鳴るベルをとめようと手をかけると一緒に刀がはずれ出て胸を突き刺す。
――天上から重い分銅が現われたり、椅子の背から分銅で頭蓋を割られたりなど。
――寝台が体温で温たまるにつれ毒ガスを発生したり、毒針が突出して来たりなど。
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(四)、実際は殺人事件ではなく、自殺であるのを、他殺の如く見せかけようとした場合。――例えば氷柱を以って急所を刺す。氷柱は溶けて、密閉された部屋の中に兇器とおぼしいものは何一つないものだから、他殺であろうと考えられる。或はゴム紐の一端に結びつけられた銃器でもって自殺を計る。手を離すと一緒に銃は煙突の中に飛び込んで見えなくなる。このトリックの変種として(これは密室事件ではないが)錘《おも》りのついた紐をピストルに結びつけておいて、発射後橋の欄干を越してピストルを水中に没せしめた例もある。また同じようなやり方で窓越しに戸外の積雪の中に銃器を飛びこませて了う。
(五)、錯覚と変装の助けにより遂行される殺人。まだ――無事でいると思われている男が事実は既に部屋の中で殺されている。犯人は被害者の如く装い、或は背後からそれと見誤まられるなりして、ドアの中に急いではいる、とすぐさま扮装を解いて引返す。これでこの男は前の人物とすれちがって出て来たもののような錯覚を起させる。後刻屍体が発見された時この男にはアリバイがあるし、殺人はこの贋物《にせもの》の被害者が部屋にはいって後行われたもののように考えられる。
(六)、室外にいた者により行われた殺人なのが、室内にいた者により行われた如く見られる場合。
「これを説明する際」とここでフエル博士は云う。「この種の殺人を僕は遠距離犯罪、或は氷柱弾犯罪という名で一括して分類していいと思う。氷柱を利用する場合の一例は前に挙げたからこの意味はよく判るだろうと思う。ドアには錠がおりていて窓は犯人が忍び込むには狭すぎる、而も被害者は一見部屋の中で刺されたものらしいのに兇器は見当らない。即ちこの場合には外部から氷柱を弾丸として発射したのだ。実際にこれが成功するかどうかは論じないとして、とにかく弾丸は溶解してなくなってしまう。探偵小説でのこのトリックの発案者はアンナ・カサリン・グリーン女史であったと思う。女史の作『イニシャルズ・オンリイ』がそれだ。
右の着想と同種のものに、この氷柱の兇器が銃により発射されたり、投げつけられたり、或はまた、かの四十面相と呼ばれた素晴らしい人物ハミルトン・クリークの冒険の一つにあったように、石弓から射出されたりなどする。
溶解性の兇器には尚おこの外、
岩塩で作られた弾丸、
血液を凍らして作った凍血弾丸、
なども出て来る。
室外にいた者の手で室内で行われる犯罪方法には、この外、
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――薄手の長剣を差し入れて刺したり、
――あまり細い刀で刺されたので傷ついたことに気が附かず、そこから他の部屋に歩いて行き、錠をおろしてから倒れたりなどする。
――問題の部屋の窓には下からは到底近づけない、だがこの窓から顔を差し出させるように仕向ける。さて顔を出した所をお馴染の氷塊を落下させ頭部を紛砕する。ドアはしまっており、窓には絶対に近寄る道がないのに、被害者は部屋の中で頭を割られて死んでおり、兇器は見当らない、という結果になる。
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この分類の所に(或は(三)の中に属するかもしれないが)毒蛇、毒虫による殺人も挙げることが出来よう。蛇は箪笥とか金庫とかの中に隠しておくことも出来るし、更には花瓶とか書籍の間とか、シャンデリアの上とか、ステッキの中とかにも隠しておくことが出来る。サソリの形に彫られた琥珀のパイプを口に持って行こうとすると、それが本物のサソリになっている、という例に出くわしたことさえある。
密室内で演じられる殺人中最も遠距離よりの殺人として、探偵小説の歴史に現われている素晴らしい短篇小説の一つをここで推薦しておこう(実際この作品は、トーマス・バークの『オッターモール氏の手
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