』やチェスタトンの『廊下の男』、それからジャックス・フットレルの『十三号監房の問題』などと並んで、比類なく輝かしい高所に位する傑作である)。それは、メルビイル・デビッスン・ポーストの『ドウムドーフ・ミステリイ』で、遠隔の殺人者というのは外でもない太陽である。太陽が密閉された部屋の窓硝子に照りつけ、ドウムドーフが卓子の上に置いていた酒瓶をレンズと変じ、壁にかけられた銃の雷管に焦点があたって遂に発射させる。ためにベッドに臥していた主人の胸板が射抜かれてしまうのである。
(七)、前に挙げた(五)と全く逆の効果を狙った殺人方法即ち、被害者は実際より余程前に死んだように思われている場合である。――被害者が麻酔剤か何かで人事不省に陥った儘密閉された部屋で横たわっている。ドアを劇しく叩いてみても中から少しも返事がないので、犯人である人物がもしやと云い出して皆と一緒にドアを破る。この際犯人が真先きにはいって行って相手をナイフか何かで殺してしまう。
この方法の発案者はイスラエル・ザングウイルであるが、爾来《じらい》この着想は様々な形で繰返されて来ている。
以上は文字通りの密室、或はそれと殆んど同じ情況下で演じられる犯罪方法の分類であるが、次には、兇行後それを密室内で行われた如くに思わせる方法で、即ち犯行後に於ける「密室の偽造」である。これに就いても作者カーは先ず殆んどの場合を網羅している。
「ドアと窓の二つのうち、ドアの方が遥かに使用例が多い。部屋の内部から密閉されていた如くに思わしめる方法として次のような例が挙げられる。
(一)、内側の鍵穴にある鍵をいじって密室とする類――これは昔から非常によく使われた方法だが、今日ではもう知られすぎているので到底真面目に使用することが出来ない。プライヤーを使って室外から鍵を廻わすのである。またよくある例は、二|吋《インチ》くらいの長さの細い金棒に紐を結びつけたのを使う。犯人が部屋を出る時に、この棒を恰度|梃《てこ》代りに[#「梃《てこ》代りに」は底本では「挺《てこ》代りに」]なるような風に鍵の頭の孔に上から刺しておく。紐の方は下に垂らし、これはドアの下から室外に出す。これでもうあとはドアの外から紐を引張りさえすれば金棒が廻転して錠がおりる。棒は紐を引いてゆすれば抜け落ちるからドアの下から引き出せばよい。
この方法の応用は幾つかあるが、いずれも紐を使うことは同じである。(訳者註・ハーバート・ゼンキンスの短篇集『マルコム・セージ』の中の一篇にこのトリックの典型的なのがある)
(二)、錠前も閂もいじらずに唯ドアの蝶番《ちょうつがい》を外す。――これは学校生徒達が鍵のかかった戸棚から物を盗み出そうとする時によく使う手である。
(三)、閂に工夫をして密室とする。――ここでもやはり紐が使われる。道具はこの紐の外ピンと縫針である。このピンをドアの内側の所に刺し、梃作用に[#「梃作用に」は底本では「挺作用に」]よって外部から紐をかける。糸は鍵穴を通して使われる。(フィロ・ヴァンスがこれを大変うまく使ってみせてくれた)
紐を使ってもっと簡単な方法がある。尤も前の程効果的ではないが。これは長い紐の一端に、はげしく引張れば解けて来る結び方の輪を一つ作っておき、この輪をボルトの把手にかける。他端はその儘ドアの下から室外に出す。こうしておいて外からドアをとじ、紐を右に引くなり左に引くなりしてボルトをかけるのである。あとは紐を強く引張れば輪が解けて落ちるから室外へ引き出せばよい。(訳者註・イサベル・マイヤース女史の『マーダー・イエット・ツウ・カム』にこの方法が詳しく書いてある)
(四)、押錠をいじる。――これは大抵の場合押錠の下に何かを支えにおいておく。これをドアをしめてから室外で引張ってはずし、かけがねを落下させるのである。この方法で一番いいのは例の有難い氷を使用するやつで、氷柱を紐の支えにしておくと、これが溶けると同時に紐が落ちてかかる。またドアがはげしく閉されると一緒に只それだけで内部で錠がおりる、という場合もある」
『三つの棺』に挿入されたカーの密室犯罪の研究は大体以上で終っている。
[#地付き](「月刊探偵」一九三六年五月[#「一九三六年五月」は底本では「一九三二年五月」])
底本:「「探偵」傑作選 幻の探偵雑誌9」光文社文庫、光文社
2002(平成14)年1月20日初版1刷発行
初出:「月刊探偵」黒白書房
1936(昭和11)年5月号
入力:川山隆
校正:伊藤時也
2008年11月11日作成
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