、昔ながらの猪早太はなつかしくうれしかった。※[#歌記号、1−3−28]ストンと投げた のあとへ、※[#歌記号、1−3−28]あいつァ妙だこいつァ妙だまったく妙だね――の踊りの繰り返しにもめっぽう嬉しさがこみ上げてきた。※[#歌記号、1−3−28]裸で道中するとても――の飛脚のような振りをするところも絵になっていてよかった。そのあと、「箱根関所」の茶番。これは巴家寅子、丸一小仙の役人、海老蔵の墨染、小亀の角兵衛獅子という贅沢な顔づけがわけもなくありがたかった。「親父が作兵衛、子供が角兵衛」と踊り出すここの繰り返しも軽妙で江戸前だった。総体に江戸茶番の愉しさはこうした可笑味の振りの繰り返しのところにあるといえよう。中入り過ぎに寅子のチョボで、小仙の松王、海老蔵の源蔵、唐茄子の千代、松太郎の熊谷、もう一人名前をしらないやせぎすの男の敦盛で、これもいっぱいに活かしていてなかなかにコクがあった。日本に、東京に、伝統されている「芸」の喜び。久しぶりで私は年忘れをした満足をしみじみと味わわされた。

 十二月二十八日。
 ボンヤリ日の暮れ、炬燵へ入っていた。すでに書き上げた長篇『圓朝』のテニヲハ直
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