来てくださる。みんな皇軍大勝利のおかげですよ」
 子供が大好きなお菓子を貰ったよりもまだ嬉しそうに、目の悪い若い前座は顔全体を雀躍《じゃくやく》させてはしゃいでいた。この人のこの時の顔を生涯私は忘れないだろう。拍手が起こって服部君が下りて来た。
 凩《こがらし》が、しきりに格子窓の外で吹き荒れていた。
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    この二、三日のこと

 安住さん。
 晦日の晩の富士市へおいでになったそうですね。昨夜、高篤三のところへいって、お朔日《ついたち》の市をぶらつきあなたのお見えになったことを聞いて、たいへん残念に思いました。昨夜は、秋に日本橋倶楽部で催すことになった女房の新舞踊発表会の相談にいったのでしたが、同じ富士市でも六月のお朔日の時とはちがって、もうすっかり夏になりつくした明るい景色が、さまざまな植木にも、虫売りたちにも、また釣荵《つりしのぶ》屋の上にもマザマザと感じられました。ことによるともう夏の終わりを思わせるような儚ささえただよっていて、とりわけ虫売りは三軒も四軒も出ていました。ただ去年あったような赤や白や黄や水色や茶や、五色のお砂糖の雛菓子のように飾り立てたお菓子屋
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