ろでぬぐ)。そうして、はじまり、はじまり――だ。
まず唐茶屋の台詞みたいな、※[#歌記号、1−3−28]あじゃらかもくれん、きゅうらい、てこへん――といったようなことを言って「てけれっつのぱあ」とやる。どーん[#「どーん」に傍点]とここへ太皷が入る(哀しい!)。※[#歌記号、1−3−28]高座にふとんに火鉢に鉄瓶、てけれっつのぱあ ふとんをこうして子供に見立てて、てけれっつのぱあ――かっきょ[#「かっきょ」に傍点]はかかえた子供を、ほんとうに親愛をこめて、高座をぶらぶらしながら見入る。そうして、悲痛な面持ちで※[#歌記号、1−3−28]お前があったら孝行ができない、てけれっつのぱあ――ここで片すみへ子供をおく。再び、ぐるぐる歩きだす。※[#歌記号、1−3−28]一天四海は法華の法だよ、てけれっつのぱあ ――もう一度、高座のまんなか[#「まんなか」に傍点]へ帰る。そうして、ぺちゃん[#「ぺちゃん」に傍点]と座って子供の顔を見る。※[#歌記号、1−3−28]きょうが十七、あしたが十八、あさって十九でぱあ (これは日によってよろしくちがう)――いかにも「花暦八笑人」に死期の迫ったもののように、やるせなく指をかがなうる。このへんから、節はだんだんおろおろふるえる。※[#歌記号、1−3−28]吉原|花魁《おいらん》手紙は出すけど、外へは出られぬぱあ ※[#歌記号、1−3−28]こっちでのろけて向こうじゃ知らない、てけれっつのぱあ ※[#歌記号、1−3−28]くどいて、おどして、なだめて、すかして、やっぱりふられるぱあ ――唄はまったく泪にまぶれる。
と、ここで調子が、にわかに早まる。さっ[#「さっ」に傍点]と一脈の明るみが流れる。※[#歌記号、1−3−28]さいこたくまか[#「さいこたくまか」に傍点]出た、てけれっつのぱあ ――圓好の手が鍬《くわ》になる。孟斎芳虎えがくの唐人に、さっと赤土が高座をかつ[#「かつ」に傍点]ちる。これから文句は、べら棒に急激! とど子供を投り込んで、すててこになるといったような次第である。が、小圓太の方は、もうちっと、ちがう。これは、本朝二十不孝! だ。無意識に構成された二十四孝への江戸っ子的文明の反逆! だ。すなわち、子供を埋める動機がまったく正風の逆である。曰く※[#歌記号、1−3−28]この子があったら浮気ができない[#「浮気ができない」に傍点]、てけれっつのぱあ――そこにすべてが出発している。だから、子供を蹴ちらすとたちまち二人は相乗り車! ※[#歌記号、1−3−28]相乗り幌かけ頬と頬がぺっちゃり、てけれっつのぱあ――とおいでなさる!
いずれにもせよ、だがこのくらい、悲哀を大きな玻璃玉《はりだま》にして打ちつけてくれる踊りはない。花やかな憂鬱。きらびやかな悲哀。
――私は、この踊りに見とれている時ほど、こよなき人の眸《ひとみ》の中をでもじっと見つめているような、うれしくかなしくいたましい思いをすることはない。
されば、声を極めてかくは私も叫ぶのである。
君見ずや、かっきょの釜掘り!ああ君見ずや、かっきょの釜掘り※[#感嘆符三つ、81−8]と。
才賀の死
やまと[#「やまと」に傍点]が死んだ。東京へつばくろが訪れ出したら、才賀となってとうとうやまと[#「やまと」に傍点]は死んでしまった。
巧かった。
せん[#「せん」に傍点]の桂文楽(五代目)だ。
惜しいものをこじき[#「こじき」に傍点]にした。
そう思うと、圓右(初代)より、今輔(古今亭・三代目)より、やまと[#「やまと」に傍点]の逝《ゆ》いたが、一番惜しい。第一、やまと[#「やまと」に傍点]の晩年は、小圓朝(三遊亭・二代目)より暗かった。まるで看板に名がなかった。せん[#「せん」に傍点]の談志(立川・五代目)で今の金駒(になって、そののち、どうしているか?)も、実に影のうすい二つめ所に堕ちていたが、やまとの方は、金駒の芸とは比べられないだけさらにまた惜しいと思う。ことに近年私は、彼、やまとを愛することより何より強く、せいぜい辻びらの隅っこに小さな彼の名を見つけしだい、追っ駆け追ん廻して歩いたが、ついに一度も聞けなかった。体が悪いというかどで、ただ、楽屋廻りだけしているのだと。これは昔、彼の世話になった今の若い真打たちがせめてもの彼への報恩のためであったらしい。しかし、おかげで私はとうとう最後まで、彼の近影に親しめなかった(最も、そういう内的な、楽屋うちでのやまとは晩年まで恵まれていた。林家正蔵のごとき、やまとのためにのおはな会《よみきり》ならそれこそ万障繰り合わせても出向いていったかの観がある。現に病歿のすぐ以前にも、むつみと協会と合同で、一昼夜にわたる演芸会さえ催した。やまとはそこで才賀なる父の名を襲いで、そ
前へ
次へ
全13ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング