》といっしょに大へんな受け方をして揚々と下りてきた。
「ア、これは。御苦労さまでござります」
 初めて正面から顔を合わせてあわてて馬道が挨拶したとき圓生は、
「恐れ入った、いい腕だね馬道さん、いまにお前さんの天下がくるね、いや全く」
 こういってポンと肩を叩いた。喜んで馬道はかえっていった。
 すぐそのあと入れ違いに圓生は高座へ上がった。はじめからしめて[#「しめて」に傍点]かかってシトシトシトシト「子別れ」の中《ちゅう》を演りはじめた。中といえば遊びつづけてかえってきた熊さんがヤケ半分に、女房子供を叩きだすまでのあのくだりだった。何といってもいまの馬道なんかとは比べるのがもったいないくらいの、品も違えば腕もちがう水際立ったいい出来映えのものだった。わけもなくお客たちはシーンと魅されてしまって十二分以上に演った圓生が「ではこの続きはまた明晩」と結んだとき、はじめて声上げて感嘆した。しばしどよめき[#「どよめき」に傍点]が鳴りも止まなかった。下りてきた師匠は赤ばんだ顔をいっそう真っ赤にし、肩で呼吸を絶っていた。
 ……なるほどうちの阿父さんの師匠だけあって、今夜の真打《とり》の文楽師匠は
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