シャーイシャーイと声を涸らしていた木戸の爺さんが肉づきのいい圓生の姿をみつけると、吃驚したようにこういった。それに対して圓生はまた最前小圓太へしたように永い永い丁寧なお辞儀をした、立ち停まって、腰の下まで両手を垂らして。後からくっついてきた小圓太もついいっしょになって馬鹿丁寧なお辞儀をした。でもやっぱりここでも師匠のお辞儀のほうが少し長かった。
 けげん[#「けげん」に傍点]そうな顔をして木戸の爺さんは、薄赤い招き行燈の灯に濡れている小圓太のクリッとした顔を透かして見た。親父の圓太郎が主として下町の寄席ばかり打っていたので、小圓太、のて[#「のて」に傍点]の席にはてんで[#「てんで」に傍点]顔を知られていなかったのだった。
 後の空地のほうから楽屋へ入った。文楽師匠のお弟子さんだろう、目は両方ともちゃんと開いているのに目っかちのように見える口の大きなだらし[#「だらし」に傍点]のない顔の前座が顔中を口にして、迎えた。この前座へも腰低く挨拶して師匠は上へ上がった。
 高座のほうから木やりくずしの三味線が澄んでながれてきた。ふるいつきたいほど錆びのある美しい声で、誰かがしきりにうたっていた
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