と過ぎ、暦の上の秋が立った。遠く見える明神さまの大銀杏がそろそろ黄いろいものを見せはじめてきた。
「やっとお前さん、次郎吉今度は辛抱したようだよ、いいところへやった、やっぱり親方がやかましいからだねえ。どんなにか玄正も喜ぶだろう、きっと、きっとあの子、今度はものになるよ」
ある晩嬉しそうにおすみがこういって晩酌のお銚子を取り上げたが、
「ウム……ウム……」
接穂《つぎほ》なく肯いているばかりの圓太郎だった。口へ運ぶ盃のお酒が苦そうだった。で、一、二杯、口にふくんですぐ下へ置いてしまった。柄にもなく神妙な顔をして寂しくはしごの下の早い※[#「虫+車」、第3水準1−91−55]《こおろぎ》に聴き入っていた。
……では今度こそ次郎吉は辛抱したのだろうか、母親の喜ぶように。
否――否――どういたしまして――。
親方恐しさの、ただジーッと辛抱しているより他に手がなくて、不本意ながら住み付いていたばかりなのだ。そのほかの何がどうあるものだろう。
日ごろ人情噺や講釈で聴いている侠気《いなせ》な江戸っ子の肴屋気質は随分嬉しいものとして、イザ現実にこういう人にぶつかってみるとやっぱり生粋の
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