いた。
 どうしよう。
 ああ、どうしよう。
 でも、今更どう足掻いたとてもがいたとて、しょせんがどういい知恵がでるでもなかった。
 おもえばおもうほど、考えれば考えるほど、ゆく手が真暗闇になってしまった。しかもあとからあとから目の前にひろがってくる不安の常闇はまるでとこしなへ[#「とこしなへ」に傍点]の日蝕皆既のよう絶えずいや増してゆくばかりだった、まるで烏賊《いか》の吹きいだすあの墨のように。
 仕方がねえもうこりゃ、どうにもこうにも……。
 いいながらもまだ涙をいっぱい溜めた目で、力なく手の中の狐の耳を抱きしめていたが、
「堪忍しとくんなさい親方、お神さん……」
 誰もいない奥のほうヘシッカリ両手を合わせると、
「ねえ、ねえ、ごめんなさいほんとに」
 心からまたもういっぺんこういって、そのまんまプーイと表へ。後をも見ずに逃げだしてしまった。
 そのあと空しく薄暗い土間へ放りだされている石の狐の耳ひとつ。
 ……表はいつか数え日の暮れがたの暗い氷雨が音立ててさびしくふりだしていた。

 その晩おそく石屋から火の玉のようになって談じ込まれた湯島の家では、圓太郎夫婦が平あやまりにあやま
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