ささった。
「……何だろう……」
 何気なく振り返ってみて、
「……」
 あまりの驚きで声がでなかった。自分で自分の顔の血の、サーッといっぺんに引いていくことが分った。
 ト、とんでもないことをしてしまった。
 いまのいまも兄弟子の秀どんがでかけていった明神の万定さん。そこの大切な御註文で、石燈籠といっしょにお届けしなければならない石の狐の片耳を、なんと落っことしてしまったのだ。
「……」
 親方は昨夜夜明かしでこいつを彫り上げ、大そう出来がよかったといって上機嫌で最前お歳暮にでていったものを。本能的に地べたへささったその耳を取り上げ、泥を払って元の狐の耳のところへくっつけてみたが、くっつこうはずもなかった。
 すぐまたポロリと落ちて元の土の上へ。術もなく傷ついた青白い耳はころがってしまった。
「とんだ……とんだことに……」
 恐らくその狐の耳のいろの何十倍も青白くなっていたろう、あるいは紙のように白く白くなり果ててしまっていたかもしれない顔を力なく上げると次郎吉は、未練らしく、もういっぺんまたその狐の片耳を手に取り上げた。そうして無意味に手の中であっちへやったり、こっちへやったりして
前へ 次へ
全268ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング