りまさってきていた。汗っかきの具合もまた同断だった。やがて明治御一新後十年、高座に乗合馬車の御者の真似して喇叭《ラッパ》を吹き、今にラッパの圓太郎と諷わるるはじつにこの萬朝だったのであるが、それはまだまだ後のお話。
「師匠、四谷の大師匠が倒れちまったって。いま文楽師匠から報せがあった」
 口を尖らして圓太郎がいった。
「エ、いつ」
 思わず圓朝は立ち上がった。
「五、六日前らしいや、中風らしいって」
 圓太郎はクルクル目玉を動かした。
「で、どうなんだ一体その後の様子は」
 もどかしそうに圓朝、急き立てた。
「そ、それは」
 いよいよ目玉をクルクルさせて、
「お、俺に聞かれても……だって師匠ただ文楽師匠が家《うち》のほうへそういってきただけなんだ、後は野となれ……」
「何だえ野となれとは」
 きょうばかりは圓朝、いつになく恐しい顔をした。ハッタと睨んだ。
「ご、ごめんなさい、大師匠が何も野となれといったんじゃねえんだ、俺、後はといったもんだからついその後、野となれとこう……すみません、勘弁して……」
 オドオドしながら何べんも何べんも頭を下げた。
「分った分りました、それはいいから」

前へ 次へ
全268ページ中243ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング