者に討たれてやったというそのころあった実話の上には、いまの師匠圓生と自分との上に見る恩愛相克の傷ましさをマザマザと感じさせられ、そこに他人事ならぬ自分の人生というものをみいださずにはいられなかった。また先妻が死に、その妹を嫁に迎えたら、婚礼当夜ポックリと死なれ、不忍の池近くへ庵を構えた男が夜な夜な二人の亡魂に苦しめられるという、これもそのころあった実話の主人公は北川町の飯島喜左衛門とて圓朝贔屓の大きな玄米《くろごめ》問屋さんだった。
 北川町一帯が住居で、周囲の掘割の中に藻の三尺も生えた大簑亀がいたり、巨万の富が蔵に入れられてあって誰かがひと足でも土蔵へ踏み込むと仕掛でガタガタ鳴りだすようになっていたりした。何より圓朝はそうした御大家の風物詩に心を魅かれ、創作慾をそそられた。お露の名はまさしくそこの先妻の名前だった。飯島の名前は採って以而《もってして》、牛込の旗本のほうの名前にした。その上に支那の「剪燈新話《せんとうしんわ》」の中の牡丹燈記や、それに材を得た浅井了意の『伽婢子《おとぎぼうこ》』や山東京伝の『浮牡丹全伝』をたよりに、よろしく膨大の譚を夢中で書き上げてしまったのだった。が、
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