「…………」
 あれこれとおもいめぐらしているうち、もう小勇の圓太は喋りだしていた。慌ただしい調子でまくらから本題へ。噺は師匠が久保本の初晩に喋ってしまった、圓朝にとってはおもいで怨めしい「小烏丸」だった。
「…………」
 呆れてしまった、聴いていて圓朝は。自分の耳が疑いたかった。あの厳《いか》めし屋の師匠がこんなものを。しかもこんなものに、圓太なんて由緒ある名を……。いくらそうおもってまた聴き直してみても、依然、拙過ぎるというこの男の現実は、現実だった。
 素人調子というやつ。
 てんで[#「てんで」に傍点]調子が上ずっていて板に付いていなかった。おそくあるべき間《ま》のところが早過ぎたり、かとおもうとトントンとゆくべきとこではじれったいほど「間」を持たせたりした。眼《がん》の配りもめちゃめちゃ[#「めちゃめちゃ」に傍点]だった。からっきし[#「からっきし」に傍点]それには「芸」の何たるかが分っていなかった。ということはでてくる人物の心持ちへ喰入《くいい》るすべ[#「すべ」に傍点]を露ほどもわきまえていなかった。何ともいえない哀れ惨憺たるその……。
「いやだねこれは」
 思わず萬
前へ 次へ
全268ページ中195ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング