らが、話術は別として道具のほうはチャチ[#「チャチ」に傍点]なお寒いものだった。そこへいくと圓朝のは特別に新しい鳴物の工夫をいろいろ凝らしてきている上に、たとい幾ヶ月でも国芳の家の釜の飯を食べたことはここへきて初めてもの[#「もの」に傍点]をいった。圓朝えがく道具立は、そこらのびらや[#「びらや」に傍点]が描いたものと比べものにならないほどの精彩を放った。活きて迫ってくるものがあった。その点も特別の魅力として取り沙汰された。
さてあとの二日は「累双紙」のほうを演った。
これも大波小波を大道具大仕掛で迫真に見せたり、本雨を降らせたりした。これまたヤンヤヤンヤの喝采だった。
「師匠なぜこれを初晩に……」
またしても下足番の爺やから、こう好意ある不足をいわれたほどだった。
めでたく久保本十五日の初看板が、ここにおわった。
グッタリとしてしまった圓朝だった。でもそれは言葉に尽せない、大いなる歓びに満ち満ちた疲れようだった。
もういまはなんの心の澱《おり》もなく、ああ、師匠のお蔭で新しい道が拓けた。
おもえばおもうほどありがたくてありがたくてならなかった師匠の上だった。
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