かがやいている柚の木の下、竹箒握りしめて果てしなき物思いに沈んでいた自分だった。少し汚れたおしきせ[#「おしきせ」に傍点]の黒紋付の肩先へ、ふたひら三ひら何かの落葉がふりかかっていた。あわてて振り落とすと小圓太は、またしても辺りを見廻した。向こうの大きな白山茶花の枝々を揺がせて、葡萄いろをした懸巣《かけす》が一羽おどろいたように飛び立っていった。
「……」
フーッと息を吸い込み、フーッと吐きだした。もういっぺん深く吸ってもういっぺんまた深く吐きだした。何だか身も心も、あらゆる汚れがいっぺんに去ったように爽々としてきた。そういっても一木一草ひとつひとつがあらためて美しい真新《まっさら》な了見方でみつめられるような、しみじみと生れ変った心持だった。
「……」
黙って手にしていた竹箒を両手で横に高く差し上げ、恭々しく小圓太はお辞儀をした。
四
もう落語を喋りたいとも考えなくなった。稽古をして貰いたいとも格別におもわなくなった。ただ何事もおもわずに、この世は夢のまた夢と無念無想に小圓太は、その日その日をまめまめと働きだした。慾も徳もなく、身を粉に砕いて働いていた。庭の落葉を掃きながら、心の落葉を掃き棄てることも日々だった。
「オイ小圓太や、蛙の牡丹餅て小噺しってるかえ。下席《しもせき》私は休みだからお稽古して上げようね、今度やれ[#「やれ」に傍点]。永いこと忙しさにかまけててすまなかったね」
世の中ってこんなものだろう、そうしたら九日目の十二月二十日の朝、師匠のほうからいきなりこういいだしてきた、しかも珍しく機嫌のいいやさしい調子で。
「ド、どういたしまして。何分お願い申します」
嬉しさに小圓太、ドキンと飛び上がった。じっと辛抱していた甲斐があったと、涙ぐましくおもわないわけにはゆかなかった。
……でも、その稽古、師匠のほうからそう口を切ってくれただけで、その日は一日師匠の家にいたけれど、部屋へ閉じ籠って夢中で「梅暦《うめごよみ》」か何かに読み耽っているらしかった。滅多にでてこず、やっとのび[#「のび」に傍点]をしながらでてきたときはもう座敷へでかける時刻になっていた。そのまんまいってしまってかえってきたのは九つ近く。すぐ例の酒が始まってそれなりけり[#「それなりけり」に傍点]となってしまった。
次の日も「梅暦」で夜も日も明けないらしかった。お
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