頬が落ち込み、顔全体にいやあな[#「いやあな」に傍点]赤ちゃけた血が上り、一面の無精鬚の中に相変らず大きく盛り上がっている鼻ひとつ、まるで生きながらの墓標のように侘びしかった。
「……」
 情けなさにたちまちククと含《こ》み上げてくるものがあった。じつはここへくる途中、青山の久保本まで大廻りして、あらかじめ女主人と下足番の爺やとから、発病前後のことを聞きただしてきたのだが、師匠の一家はいま聞きしに勝る惨憺たる体落《ていたらく》だった。少しもしらなかったが師匠は下座《げざ》のお仙という三十がらみの渋皮の剥けた女とねんごろになり、それを根が苦労知らずの嬢様育ちのお神さんはカーッと一途に腹立てて、実家へかえっていってしまった。ところがそれを聞くと今度は下座のお仙が、お神さんが、でていっておしまいなすったあとへ、ヌケヌケと私が直るなんてとんでもない、お神さんにすまないから私もお暇をいただきますと、どんどん暇をとり、手切れをもらって別れていってしまった。隠然とした長老とはいえ、もう派手な人気もなし、大した先々も望めないと見てとって要領のいいお仙は、手廻しよく見切りをつけていってしまったものらしかった。その気落ちがしてしまったためだろう、ひと月あまり呷りつづけた自棄酒《やけざけ》のあと、バッタリ倒れて、とたんにこんな病気がでてしまったのだった。
 それにしても――。
 怪しからん奴はあの圓太で、前からこのお仙とわけがあったらしく、とすると今度体よく見切りを付けさせたのも奴の指図だったのだろう、師匠が倒れたと聞いてもてんで[#「てんで」に傍点]顔出しもしてこないばかりか、早いところお仙と二人随徳寺を極《き》め込んで旅廻りにでもでてしまったものらしく、血眼になって例の船宿の婆さんが久保本へも圓太の行方を探しにきたということだった。従って、もういまの四谷の家にはおしのどんもお嫁に行ってしまっていなかったし、目っかちの雇い婆さんが一人、病人の世話をしているばかりだった。
「……」
 ときどき烈しく息を吸い込んではまたフーッと吐き出す師匠の顔を見ながら、打って変って荒涼としてしまっている部屋の中を眺め廻して圓朝は、秋風|荒《すさ》ぶ人生終焉図の見本を目のあたり見せつけられているような気がした。お神さんなく、おしのどんなく、今や師匠はこの姿――昔ながらのものとてはあのいつかの朝自分が突き落
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