りまさってきていた。汗っかきの具合もまた同断だった。やがて明治御一新後十年、高座に乗合馬車の御者の真似して喇叭《ラッパ》を吹き、今にラッパの圓太郎と諷わるるはじつにこの萬朝だったのであるが、それはまだまだ後のお話。
「師匠、四谷の大師匠が倒れちまったって。いま文楽師匠から報せがあった」
口を尖らして圓太郎がいった。
「エ、いつ」
思わず圓朝は立ち上がった。
「五、六日前らしいや、中風らしいって」
圓太郎はクルクル目玉を動かした。
「で、どうなんだ一体その後の様子は」
もどかしそうに圓朝、急き立てた。
「そ、それは」
いよいよ目玉をクルクルさせて、
「お、俺に聞かれても……だって師匠ただ文楽師匠が家《うち》のほうへそういってきただけなんだ、後は野となれ……」
「何だえ野となれとは」
きょうばかりは圓朝、いつになく恐しい顔をした。ハッタと睨んだ。
「ご、ごめんなさい、大師匠が何も野となれといったんじゃねえんだ、俺、後はといったもんだからついその後、野となれとこう……すみません、勘弁して……」
オドオドしながら何べんも何べんも頭を下げた。
「分った分りました、それはいいから」
少し可哀想になってきてまたソロリと縁側へ腰を下ろしながら圓朝、
「で、お前、これもお前に聞いても分らないかもしれないけれども、あの、何は行ってるんだろうね何は」
「誰です」
「あの、ほれ……圓太だよ」
「……」
黙って圓太郎、首を振って、
「あの、それだけは特別に最前文楽師匠いっておいででしたよ、師匠」
「エ、何だって」
「何しろ圓太の野郎が行ってねえから、余計お前ンとこの師匠《おやじ》に早く報せにきたんだ、薄情野郎あン畜生め、四谷が倒れたと聞いたらそれっきり影覗きもしやがらねえって」
「行こう、圓太郎」
また急にプーイと立ち上がって、最前から話の様子をホロホロした表情で聞き入っていた小糸のほうを振り向くと、
「聞いての通りだ、白玉どころじゃない、すぐ私はこれを連れて駈け付けよう。サ、何でもいいから仕度をしてくれ。圓太郎、お前は駕籠を二挺みつけてくるんだ」
「合点で」
奴凧のように頓狂に両袖丸めて圓太郎は、真一文字にバタバタ座敷を駈け抜けていった。
四
「……」
ゲッソリと変り果てた師匠圓生の寝顔の上へ、黙って圓朝は顔をやった。ジッとみつめていた。
ボコンと
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